手の話をいくつか

長期滞在者

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南米のとある国で軍事政権に抗する民衆運動の先頭に立っていたフォルクローレ歌手が拘束され、他の群衆とともに運動競技場へ押し込められた。彼はそこでもギターを弾き歌を歌うことをやめなかったので、ギターを取り上げられ、二度と楽器を弾けないように両手を潰されたあと、銃殺された。
昔、南米の音楽を解説する本でこの事件のことをはじめて読んだとき、この両手を潰される、という描写に心臓が凍るような衝撃を受けた。どうせ殺すのに手を? 「殺される」ほうが両手を潰されるよりも重大なことのはずなのに、僕の心臓を締め上げたのは両手の話だった。命を奪う前に、彼の手指が修練で得てきたものを前もって奪う。これ以上に残酷なことがあるだろうか。
実際には彼が競技場に押し込められたとき、もちろん楽器など持たせてもらえず、手拍子で歌っていたところを取り押さえられ拷問の上銃殺された、というのが歴史的事実のようである。本当に手を潰されたかどうかも確証はない(さまざまな証言が入り乱れている)。
が、彼の死を悼む人々の間で話が徐々に整理され、ギターを手放さず歌い続け、殺される前に手を潰された、という話で流布する(彼が虐殺されたのは1973年、僕が読んだ南米音楽の本は1980年の刊行。死後7年の時点でそれが「事実」として定着していた)。
音楽は呪力みたいなものだから、その象徴的な役割を担わされたのが彼の両手なのだろう。歌の呪力を潰された側が、彼の死をさらに無残に語り伝えることでその呪力をさらに大きな力にした。手を潰すとは、音楽家としての彼の存在を潰すということだ。おそらくこの本に「彼は競技場でも歌うのをやめなかったので殺された」とだけ書かれていれば、僕は今でもこの人物のことを覚えていただろうか?  彼の両手が呪力を届けた。

体を使った技術的修練、ということをよく考える。修練というとやっぱり楽器が一番わかりやすいので、上に引いたフォルクローレ歌手でなくても、演奏家が亡くなったという話を聞くとやっぱり、その人個人の死と同時に、その人が大昔からその体に加えてきた修練のことを思う。楽器じゃなくてもいい、たとえば東大阪や大田区の町工場でその人にしかできない工作精度だとか。そう簡単に他人に伝えられない修練の成果、というものがある。
僕が最近通ってる歯医者さんは本当に上手くて、無痛の治療ということに関して今まで通ってきた多くの歯科医と比べ物にならないくらい素晴らしいのだが、その彼が「歯科医の技術的ピークは10年。熟達するまでに時間がかかるし、熟達のあとはすぐに肉体的に指の精度の劣化がやってくる」という。あまりそういう向きから語られることがないけれども、歯科医の技術も指の修練次第だったのだ。
米粒に二羽の雀をちょちょいと描いたという北斎。三線の早弾きが凄まじすぎて「音が止まって聞こえる」と言われた登川誠仁。火傷のため三本の指しか動かせない左手であれだけのギターを弾いたジャンゴ。ハードディスクのバックアップをとるように、手指に加えられてきた修練も丸ごとコピーできたらいいのに、などと言ってもはじまらないが、その手指の持ち主が亡くなればその手指の成果も失われるという当たり前のことが、当たり前のことなのに、理不尽に思えてしまう。人は手指(に限らず他の身体器官でも)に修練を積み、円熟ののち、その修練の結果を背負ったまま死んでいく。精神の作用はある程度記録に残せるが、指先の技術そのものは消えて戻らない。

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僕の手指は特別に何かに秀でているわけではないが、小器用なたちではあるので、たとえば写真のプリントのスポッティング(ネガについていた埃の痕を染料と細筆で埋めること)なんかは得意中の得意だった。シートフィルムを使っていた時代は紙ヤスリでピシピシに尖らせたシャープペンシルと顕微鏡を使って、ネガに修整を加えていた(僕の職業は営業写真館のレタッチャー兼カメラマンである)。
さすがに今はネガ修整なんてしないけれど、今もモノクロは自分でプリントするので、埃痕のスポッティングはまだやっている。
これが最近、どうにもうまくないのである。老眼が進んだということもあるけれど、それだけでなく、確実に指先のコントロールが劣化していると感じる。歯科医の先生のいう「ピークは十年」を過ぎて、すでに下降に入っているのだと思い知る。
失われた指先の鋭敏さを嘆いても仕方がない、これが「老いる」ということである。あとはなだめつすかしつ、劣化する自分の機能の機嫌をとっていくしかない。自分の機能とのつきあい方が変わるだけだ。
と、強がってはみるけれど、やっぱり少し寂しい話である。

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最近縁あって、とある整形外科学会の記録撮影を頼まれた。熱い先生がいて、機械に裁断された指や巻き込まれて粉砕された手のひらを修復する技術について熱弁していた。腱を繋ぎなおし骨を修復・補強し背中の皮膚から皮膚移植をして徐々に砕かれた手が修復されていくスライドを見て感動を覚えた。普通の人は、ここまで修復できるとは思っていないだろう。ということは、この先生も「業務」として考えるならば「ここまで」やる必要はないのである。だって誰も出来ないと思ってるのだから。
しかし、これくらい出来ずに何が外科医か! と熱く弁をふるうこの先生のような人が、世界の医療の技術を前へ動かしてきたのだろうと思う。ごん、と重い歯車が回る音が聞こえたような気がした、感動的な講義だった。

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大阪心斎橋Acru(アクリュ)ギャラリーで

野坂実生+カマウチヒデキ写真展

『Quodlibet』(クォドリベット)

開催中です。

3月23日(日曜)まで。
よろしくお願いいたします。

http://acru.jp/blog/disp/2014317