ゾディアック !

長期滞在者

先月、ペンタコンシックスというカメラのことを少し書いたけれども、ビオメターという名の標準レンズの他にも広角レンズのフレクトゴン、魚眼レンズのゾディアックというのを当時所有していた。
中判カメラに使える魚眼レンズというのは珍しかったので、このゾディアック30mmF3.5は特に愛用した。
いや、「珍しかったので」というのはいいわけであって、実は「ゾディアック」という名前が好きなのだった。

ゾディアック。
辞書で引くと「黄道帯。また、黄道十二宮」なんて書いてあって意味がわからないが(占星術系の言葉らしい。さらに言うならアメリカの有名な連続殺人犯の自称でもある)、僕にとってのゾディアックとは、二十数年前、南米チリのフンボルトペンギンの野生地調査に参加したときに乗った、高速ゴムボートの名前だ。

二十数年前、ペンギン狂だった僕は好きが嵩じてとあるペンギン飼育者・研究者の団体に素人のくせに加わり、チリのフンボルトペンギン野生地調査旅行にも参加した。
当時僕は飲食店アルバイトで、月11~12万円の収入で暮らしていて、旅行の参加費40万円なんてとうてい用意できると思えなかったが、半年間、夜も別の飲食店の厨房に入って、それこそ一日中働いてなんとか旅行費(と、フィルム代、望遠レンズ代)を貯めた。それくらいペンギンに惚れ込んでいたのだった。

二十歳の頃、せっかく入った大学だったが、どうにも性に合わずに二年で辞めてしまい、そのあとアルバイトをしながら劇団に入って演劇活動をしていた。しかし所属していた劇団がいろいろあって解散してしまってから、別の劇団を探して役者を続ける熱意もくじけていき、かといって完全に足を洗う踏ん切りもつかず、知り合いの劇団の舞台美術などをしながらそのまま飲食店アルバイトで暮らしていた。
厨房仕事は好きだったし、働いていた店も良い店だったから不満はなかったのだけれど、それでも急に演劇というハシゴが外れ、先の目標も見えなくなってしまったわけで、自分はこの先何をして生きていくのだろう、そこはかとない不安の中で毎日暮らしていた。

ある日、気まぐれに出かけた天王寺動物園で野外展示のキングペンギンを見て、いったいあれは何だったのか、水から上がったキングペンギンたちの白い腹にキラキラ光る水滴に目眩を覚えるほどに感動し、一撃でこの美しい鳥の虜になった。ペンギンを見るのが初めてだったわけでもないのに、鬱屈した気持ちにすっと入ってくる何かがあって、なぜか電撃的に夢中になってしまったのだ。
それから毎週必ず休みには動物園に通い、一日中ペンギンを見ていた。
飼育係のMさんとも仲良くなった。当時難しかったキングペンギンの飼育下での繁殖を何例も成功させているベテラン飼育員で、通ううちにまた孵化があったので、卵殻を破って出てきたその雛が、ほぼ1年かけて成鳥の羽毛に換羽するまで、毎週欠かさず写真に記録した。最初は手近にあったコンパクトカメラで、僕はそのころ写真のシャの字も知らない素人だったが、だんだん記録に夢中になるうちに一眼レフ(中古のニコンFE)をはじめて購入した。金もないのに一日に何本もフィルムを使って、ただただペンギンを撮った。

やがてMさんの紹介でそのペンギン飼育者・研究者のNPO団体を知り、やがてチリへのフンボルトペンギン野生地調査旅行に参加するくらいに深入りする。
現地でフンボルトペンギンの繁殖保護のために立ち入りが制限されている島があり、そこで棲息調査をするために乗ったのが、モーター付きゴムボート「ゾディアック」だった。
外周からペンギンの営巣の様子を写真に撮るため、ゾディアックに乗って300mmの望遠レンズを構える。海上を50~60km/hの速さで走るため、上下の動きが半端でなく、ピントはもちろん、フレーミングすらままならない。望遠レンズの狭い画角で激しく揺れるファインダーを見ているだけで吐き気を催してくる。
とてもじゃないが撮れない、というと、調査旅行のリーダーであるペンギン研究者U先生は
「NHKの『生き物地球紀行』のカメラマンは、このゾディアックに仁王立ちになって、カメラ肩に担いで撮るらしいですよ。根性ですよ!」
とか笑いながら無責任なことを言う。
波の上をカッ飛ぶ高速ボートの上で立って撮影できるくらいなら、僕は飲食店アルバイトなんかせずにNHKで働いてるわい、と心の中で毒づきながら、次は無理せず90mmの中望遠レンズに替えて、もちろん立つことなんかできず、ゴムボートの縁にしがみつき一周で36コマ使い切るタイミングをカウントしながらシャッターを切っていった。

波の飛沫を浴び続けた僕のニコンFEは旅行中はなんとか動作したものの、帰国後徐々に異常をきたし、ついに動かなくなった。新しいカメラを買わなければならなくなり、しかも調査旅行中の数十本のリバーサルフィルムの現像代もあり、大きな金額の返済に帰国後も苦しむことになる。
しかしこの調査旅行でさらにペンギン沼にハマった僕は、こんな旅行に参加するためには飲食店アルバイトでは無理だ、これはちゃんとした正社員にならないとやっていけない、と初めて? 真剣に職探しをすることになった。
せっかく仲良くなった動物園関係者のつながりで飼育員を目指すか、せっかくペンギンで覚えた「写真」を仕事にするか。どっちか先に見つかった方に、と考えて、結果的には写真の仕事に就くことになった。

(ただ、営業写真館という業種をろくろく知りもせずに写真館で働き始めたため、ひとつの誤算があった。
ペンギンの調査旅行に行くのは南半球の夏にあたる、こちらの冬場だ。冬場は営業写真館の稼ぎどきで、そんな時期に長期の休みなどとれるはずもなく、結局は仕事に忙殺されながら僕のペンギン狂時代は終息していくのである。)

もちろん今でもペンギンは好きだが、「狂」というほどのペンギン熱は去った。だがペンギンのために覚えた写真の技術が、今の仕事につながり、仕事のみならず僕の生活の大部分を占めることになっていった。ペンギンたちには礼を言わねばなるまい。天王寺であのキングペンギンたちに、あの精神状況で会っていなければ、僕は確実に今とは違う人生を歩いていただろう。ペンギンバカはいつしか写真バカになった。
そんな中で、ペンギンを撮ったときに乗ったゾディアックと同じ名のレンズに出会い、つかのまそのレンズの世話になり、結局また手を離れていった。
だから何、といわれても困るけど、まぁ、今回はそういう話。

3fshy
Pentacon Six TL / Zodiac 30mmF3.5 (2005)
(魚眼レンズなのに、あまり極端な歪曲が出ない、使いやすいレンズだった)