当番ノート 第50期
命日には、父が好きだった奥穂高に登って頂上で線香をさそうと思ったのに、なかなか旅行もしがたい。 仕方ないので、近場で空が開けた高い場所を探し、線香をさす真似事をしようと思う。家にはチャンダン(インドのお香)しかないのだけど、やはりダメだろうか。 実家の墓も東京も、きっと同じ空の下。 — 父の旅立った翌々日、父をよく知るお坊さんから、高級な線香をもらった。「いい匂いがするから、やってくれ…
それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
人生における運命の出会いというのは、何回か訪れるのかもしれない。それは恋愛に限らず、その出会いがどんな風に実を結ぶかも重要じゃない。出会った地点を振り返ったときにそこから新たに迷子になったような気がする出来事を、私は運命と呼びたい。 彼の企画する音楽イベントに初めて居合わせた日のことが忘れられない。その日は、その後数年にわたって続くこととなるイベントの初回だった。「上海の夜」。それがサックス奏者で…
当番ノート 第50期
「可愛いお店、テーブルの下の青いタイル好きです」 自分のお店とか場を持ちたいと思う人は多いようで、今日も話を聞きたいと都内の大学に通う女の子が、土曜日に遊びに来てくれている。白い光が差し込む店内を、珈琲を飲みながら興味深そうに見渡していた。 「この棚なんかも自分たちでつくられたんですか?」 隙間に3列の黒板が埋め込まれた棚には、「Coffee Wrights」の豆や、台湾の作家「Rainy」に逗子…
長期滞在者
日常に少しずつ忍び寄る感染症の恐怖。 何気ない日用品が買えなかったり、たくさんのニュースが流れてきて、とても強い風を毎日全身で受け止めているような気がする。 実家に帰ることもだんだんためらわれてきたし、海外にいる友人たちの様子も気になるけれど、まずはじっと家で耐えて過ごそう。 台風がきちんと過ぎ去るように、この事態もきっと収束していくはずだから。 それにしても・・・今月は寒暖差が激しすぎて、体がく…
当番ノート 第50期
2019年5月。自主制作MVのロケハンで訪れた横浜。元町・中華街駅へと降り立つと、潮の香りが広がっていた。 道に迷いながら、マリンタワーを目印に徐々に空が開けてくると、海に面した山下公園へと入っていった。日本郵便氷川丸の鎖にはカモメがびっしりと並んでいた。辺りの人よりも多くいたと思う。後日、横浜にいる友人に聞いたら、カモメのたまり場であると巷ではよく知られているみたいだ。また対面するであろうカモメ…
当番ノート 第50期
光合成。高校の時に通っていた河合塾で我慢比べのように西日をずーっと浴びていたのを思い出す。あれが光合成(日向ぼっこ)初体験だったかな。直射日光はなにか挑みかかりたくなる感じがした。当時鬱屈しまくっていた自分にとってあの光と熱に挑みかかりながら血が沸騰して、最後にはのぼせたように熱と一体化する感覚が好きだった。あれからだいたい20年くらい経ち、最近の光合成は午前中になっている。それは今住んでいる家に…
お直しカフェ
28歳のクリスマスに上司と社長に呼び出されて、年明け1月いっぱいで会社をやめてほしいと言われた。1ヶ月と少しの猶予があったので労働基準法的な問題はなかったと思う。「使い捨てられたと感じます」と発するのが、その時できた精一杯だった。娘の単身東京暮らしをずっと心配していた家族にはまさか言えず、帰省して心ここにあらずなお正月を過ごし、初詣で神様にだけご報告して何とか頑張りますとお伝えした。 *** 先月…
当番ノート 第50期
脱いだ靴がバラバラになる。 授業の開始時間が数分遅れる。 気がつけば買ったじゃがいもは芽を生やしている。 お酒を道の真ん中と電車で飲んでいる。 脱いだ服は床に散らばるばかり。 (気が向いて、脱いだパジャマを畳んだいつしか昔には母親から「今日自殺するんじゃないかと思った」と驚かれる。) アパートメントで書きませんかというお話を頂いてから、書くテーマを考えていた。ヨガと演劇と療育、これが自分の生活の多…
当番ノート 第50期
ヨルダン北西部の古代遺跡「ウンム・カイス」を訪れた。 ローマ帝国の軍事基地として栄えたこの地からは、パレスチナとイスラエル、そしてシリアとの国境が見渡せる。国境を巡って争っている場所と言った方が正しいかもしれない。 ウンム・カイスから北の方角を見て撮影した写真。正面に見えるのがチベリアス湖。その右側にはゴラン高原が広がり、イスラエルとシリアが主権を争っている。 雲一つない快晴。ゴラン高原の奥にはう…
当番ノート 第50期
桜も見頃を過ぎた4月、父の一周忌を迎える。 本当はたくさん人を呼んで悼みたかったが、高齢者ばかりの親戚で集わない方が賢明だろうということになり、家族だけのほんの小さな集まりになった。 —– 昨年の今頃、父は闘病のすえに、旅立っていった。 最初は半身麻痺から始まって、徐々に体のコントロールが効かなくなり、できないことが増えていった。 良くなる方と悪くなる方の岐路があったとき、…
当番ノート 第50期
「なんで逗子を選んだんですか?」 「そうですね、肌が合ったとしか」 東京から1時間、海を見に来たという20代半ばの黒髪ショートボブが似合う女性は、暮らす街を選ぶ理由について期待した答えを得られず、すすっと珈琲をすする。 逗子で編集者夫婦により土曜日だけ開店する「アンドサタデー珈琲店」で、何百回と交わされては一度もスイングしたことがないこの会話。 どうして自分たちはこの街で暮らすことを選んだんだろう…
当番ノート 第50期
アパートメントに入居しました、中野目崇真(なかのめそうま)といいます。 最も長く続けてきたことは、3歳から始めたタップダンス。表現にすることもあれば企画にすることもあります。2016年頃からはジャンルとフィールドを広げながら音を基軸に音楽へと昇華させたり、文脈を描いたり写真に納めたりもしています。 考えと思いを文章にして伝えることがとても苦手なので癖がでてくる場合もありますが、捉えにくいところがあ…