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2F/当番ノート

あわいを問われる《2週目》

当番ノート 第50期

命日には、父が好きだった奥穂高に登って頂上で線香をさそうと思ったのに、なかなか旅行もしがたい。

仕方ないので、近場で空が開けた高い場所を探し、線香をさす真似事をしようと思う。家にはチャンダン(インドのお香)しかないのだけど、やはりダメだろうか。

実家の墓も東京も、きっと同じ空の下。

父の旅立った翌々日、父をよく知るお坊さんから、高級な線香をもらった。「いい匂いがするから、やってくれ」とのこと。

彼は90歳、もうお経を読むことはない。何十年も仏の世界と現世を行き来したためか、背中の丸まったズッシリとした存在は、まるで生き仏のようだ。でろんと下がった耳たぶに、ボサボサの眉毛。まわりの空気の、重力が増しているようだ。

帰ってきてから、遺影に向かって線香をさす。上品な細い煙が、まっすぐ上へとのぼっていく。さすが高級な線香、まるで芍薬のような香りがする。

遺影に向かって、体育座りをする。

まだ父がもう少し元気だったとき。畳の上に寝っ転がってを天井見ながら、「なぁ、ここは時間が止まってるみたいだろう。もうオレは何もできない。社会からいらない人間だ」とつぶやいた。西日が差し込み、鳥の声と、竹やぶの笹が擦れる音しか聞こえなかった。私はそれを聞いて、隣に一緒に横になって、「でも、家族からは必要とされているよ」と返した。

とてもナイスな返答だった。それは、自分自身が日頃から、社会から必要とされなければ生きている意味がない、という呪いのような思考を、どうにか変えたいと思っていたからだった。費用対効果が一番大事で、効率的な人間が勝ち。

でも東京に来て、様々な人と出会ってぶつかる中で、社会のためじゃなくたって、誰かのために生きていたって、いいじゃないか、さらに、自分が生きてたいと思ったら生きていたっていいんじゃないか、と感じるようになったし、そんな自分が誇らしかった。だから父に、「でも、家族からは必要とされているよ」と、心の中ではふんぞり返りながら、言ったのだった。母にも「父はこれまで社会の役に立つかどうかで人をみてきたから、今、しっぺ返しにあってるんだ」と言った。自分は、社会に役立たなければダメだ、という呪いからは、きっと抜け出しているはずだ。

でも、それは嘘だった。本当は、ちっとも抜け出せていなかった。いつも、社会から必要とされなくなったらどうしよう、と怯えている。まわりからの評価、しかも肯定的な評価がなくては、自分を維持できない。本当に内弁慶だった。

四十九日を迎えるまでは、線香の火は絶やしてはいけないという。それは、閻魔さまのお裁きを受けるまで、そこまでの道を迷わないように、明かりを灯しているのだそうだ。そして家族は、故人が極楽浄土に行けるよう、できるだけ仏壇の前で手を合わせるべきとされているらしい。

やましい嘘を知られたら、父は極楽浄土に行けないかもしれない。なので手は合わせず、体育座りをしたまま、心の中で「あのときはごめん、本当はあのとき、かばっているふりをしていた」と父に謝った。

線香は、燃えて灰が落ちるのを見るものだと思っていたけれど、本当は、煙の方を見るものなのかもしれない。母がさしたのと二本、真っ白の線が並んで登っていく。天井に近づくと徐々に形態を崩し、どこに届くでもなく、やがて空に溶けた。

多村 ちょび

多村 ちょび

ウェブディレクターや編集の仕事を経て、都内の小さな団体で広報をしています。ときどき田舎の実家に帰り、人々や生き物を観察して、その様子を綴っています。最高の休日の過ごし方は、散歩→銭湯→喫茶店で本を読んだり日記を書いたり→家に帰ってまぐろをつまみにビールを飲みながらお笑いを見る、です。

Reviewed by
向坂 くじら

弔いのしぐさのあれこれは、いなくなった人とのつながりをどうにか回復するためにあるのではないか。
隣に寝転ぶこと、声をかけること、謝ること。それらがいっぺんに失われるのはあまりにつらいから、せめていい匂いのお香を供える。

ひととひとがつながることは難しい。ともすると間違えたり、偏ったりする。
それでも、もう一度つながりなおしたいと思って、ちいさな火を灯す。

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