当番ノート 第53期
小学校5年生のときだったか、国語の授業でリレー小説を書かされた。4人か5人くらいの班の中で回して書いていくかたちだった。あるときからそれは僕にとって忘れたい過去だった。実際、今では自分が書いた内容は忘れ去ってしまった。 僕が第一走者になった物語は「何を書けば良いのかわからない」と同じ班のクラスメートに言われた。独りよがりな設定でリレーが繋がらず、殆ど一人で書いた。6年生の卒業前、学校の図書館の衆目…
長期滞在者
先日鳥取県は赤崎という小さな港町へ出かけてきました。 目的は日本のピクトリアリズム期を代表する塩谷定好さんの記念館に一度行ってみたかったのです。東京ではあまり話題にのぼることが少ないですが、大正モダンの時代から綿々と続く「芸術写真」の聖地なのです。はたして、鳥取駅から汽車を乗り継いで2時間弱、赤崎の駅に降り立ったのですが、黒く焼かれた西日本杉板壁と黒っぽい瓦葺きの低い屋根の建物が、肩を寄せあうよう…
長期滞在者
待ち望んでいたその日は、こんな輝かしい天気の日に良いことが起きないなんてあり得ないと思うくらいの青空が広がる朝だった。 これから大事な仕事に行くという日の朝には、U2「Beautiful Day」を聴く。2000年10月30日に発表された、U2にとって10枚目となるスタジオ・アルバム『All That You Can’t Leave Behind』からのリードシングルとなったこの楽曲は…
Mais ou Menos
まちゃんへ 展示会お疲れ様でした。 無事たくさんの方々に見に来ていただいて、終えることができて感謝です。自分たちの作品を、自分たち以外の人に見てもらえる喜びを知りました。終わったところで早速やけどまたやりたい。 今回の展示会で一番印象に残ったのは、まちゃんのカーディガンが着る人によって、すごく印象が変わること。これは自分たちで着るだけじゃ知ることができなかった新たな発見やった。 あと、展示会を予約…
当番ノート 第53期
昨年秋に病死した父は、自分の親や一部の兄弟、親戚にまで変人扱いされている人間だった。私も、父を変人だと思っている。ただしそれは、親戚たちが言うのとはまったく別の意味。 父については『発達ナビ』のコラムでも二度触れている。(1回目 2回目) 当時は勉強不足、私の自己理解の浅さが伴い、父を「ASD(自閉症スペクトラム障害)様の傾向がある」と記したが、実際はADHD(注意欠如多動性障害)の傾向が強いよう…
当番ノート 第53期
東京の下町を歩いていると、活気ある商店街を抜けたその先に、いくつもの空き家が密集している場所があった。近くを歩いている初老の男性に話を聞くと、建物の老朽化でほとんどの住人が出て行ったとのことだった。 残っているのは、建物の一部は破損し、ドアも「立ち入り禁止」と書かれていながら開いたり閉まったりを繰り返し、窓ガラスは割れていて、管理されないまま放置された植物が生い茂る、無数のアパートだけである。 管…
スケッチブック
10月7日 今日は休みと決めて夫とランチを食べに行った。選んだお店はとても賑わっていてたくさんの話し声が木霊していて周りの音が気になって 何を話したのかあまり覚えていない。 でもなぜかもう少しだけと思って デザートを頼んで 話題を転がしていたら あっというまに30代が終わりそうなこととその割には自分のやっていることが小さいなと思っていること周りに本気で社会と接続して 邁進して形になってきている人た…
当番ノート 第53期
まだ「美」について確かな感覚のないきみは、まつげの量や眉の形や唇の厚さなどどいうものを全てすっ飛ばして、わたしに似たがる。美人になりたいとか大人になりたいとかそんな動機は抜きにして「ママがいい」と言う。 年に何度かしかないお父さんのお迎えで、保育園の先生に悪気もなく「あら、お父さん似だったんだね」と言われたきみが、金切り声をあげて拒んだと聞いた時は涙が出るほど笑ってしまった。 同時にふと思った。ど…
鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
前回に書いたように、場を持つにあたって、そこに固定されたコミュニティができてしまうのがもっとも怖かった。お互いに親密な決まった顔ぶれが場を占めるようになると、はじめて来た人を仲間外れにしてしまう。 「しょぼい喫茶店」、特にわたしの営業に来てくれる人は、だいたいがインターネットで情報を得てやってくる。馴染みのない土地のはじめて入る店までひとりでやってくるのは怖いし、そのうえしょぼい喫茶店の入り口はド…
Do farmers in the dark
今月も娘と出かけた事をやっとの事で書いています。いつも来月こそはちゃんとやると言って今月も何もやらずみすみません。ではよろしくお願いします! 〈1〉散々な日々 散々な日々、散々な日々だよ。相変わらずラッキーな事ばかりだけども、ただ何となく悲しい。寒くなってきたからだ。寒いと悲しい。最近でいちばん楽しかった事は夢の中で赤黒いひまわりみたいな顔をした悪魔が途方もなく面白い事を言った事だ。 日本語ではな…
当番ノート 第53期
ヘルシンキ・ヴァンター空港は乗り継ぎで通過するだけだったし、早朝に営業している店もあまりないだろうからと思って、ターミナルに何があるのか調べていなかった。トランジットの手荷物検査を終えて、ターミナルへの扉が開くやいなや目に飛び込んできたのは「味千ラーメン」だった。店は閉まっている。みやげ店の列の中で、皆と平等に店名のサインだけが営業している。 ここはヘルシンキ・ヴァンター空港。 オーロラ、ムーミン…
長期滞在者
未来が明るいものだと信じて生きたわけでは決してないけれど、だからといってやさぐれた気持ちで生きてきたわけでもない。 ただ今月は、どんどん視野が狭くなっていくような気持ちがして怖くなるときが何度かあった。 どうにもならない、逃げ場のない感覚。 友人と会って、能を鑑賞して、食事をしながらなんとなしに喋る時間があると、その薄暗い感覚が和らいでいくようだった。 やっぱり、人と会わない、外の世界に触れない、…