真っ青な月が海を照らす夜のことです。
おかあさんがあかずきんに言いつけました。
「おばあさまのご機嫌がまた大変悪くなったようなの。
あかずきん、今度はお前がお見舞いに行きなさい。」
「 ・・・はい。」
あかずきんはいきたくありませんでした。
でもあかずきんは小さくて、お母さんに逆らうことなんて出来ませんでした。
兄弟たちはただ、だまってあかずきんを見つめていました。
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次の朝、あかずきんはおばあさんの元に出かけていきました。
お母さんが見張っているようで、真っ赤な太陽から逃げるように泳いでいたら、
いつの間にか海の底の深い森で迷子になってしまっていました。
「おや、あかずきんじゃあないか!」
この森にひとりで住むオオカミウオがあかずきんを呼び止めました。
(今日はついてる! おいしい飯にありつけそうだ・・・)
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「実はこれからおばあさんの所へご機嫌を伺いに行くんです
…あっ、そうだオオカミウオさんも一緒に行きませんか。」
「なんだって! あ、あぁ、いいとも。一緒について行ってやるよ!
おまえは小さいから襲われたりしたらいけないからなぁ。」
「ほんとうに!? ありがとう!オオカミウオさん!」
あかずきんは赤い小さなからだをもっと赤くして喜びました。
(最高だ。こいつにばあさん、2匹も食える。なんていい日なんだ!)
「ばかなやつだ・・・。」
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「あかずきん、お前は小さくて本当にかわいらしいなぁ。」
(ぺろっとひと飲みにゃ、ちょうどいい大きさだなぁ。)
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「いえいえ、オオカミウオさん。私なんかとても。
おばあさんも大きければ大きいほどいいんだって言いますよ。
あなたの方がずっと素敵です。」
あかずきんは、答えました。
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「あかずきん、お前は身体がやわらかいなぁ。」
(身も締まっていて本当にうまそうだなぁ。)
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「いえいえ、オオカミウオさん。私なんかとても。
おばあさんも柔らかくたって硬くったって関係ない、って言いますよ。
あなたの方がずっと素敵です。」
あかずきんはひょいっと宙返りをしてみせながら、答えました。
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「早くばあさんを呼べよ。もうお腹がぺこぺこだ、へへっ。」
オオカミウオが大きな口を開けて、まずはあかずきんをのみこもうとしたその時、
「おばあさぁん! ご機嫌はいかがですか!? 来ましたよー!!」
あかずきんが大きな声を張り上げました。
その時です。
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あっという間の出来事でした。
見事“いけにえ”から逃れたかしこいあかずきんは、
ゆうゆうと明るい海を泳いでいきました。
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おしまい
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おおかみがあかずきんに騙されてばあちゃんに食べられるさかさまあかずきんのお話を作ろう。
そして、大蛸のかあさんやうつぼばあちゃん、
たんじゅんでおまぬけなおおかみ、
したたかで調子のいいあかずきんがうまれました。
「ばかなやつだ」と言ったのは、そう、1度目も2度目もあかずきんなのです。
(だからあかずきんの悪知恵がぴぴん、と悪魔になって影から伸びているの!)
身代わりにされたかわいそうなオオカミウオ。
でもオオカミウオはあかずきんのことを許すんじゃあないかなぁと私は思います。
なんとなく。こういうことって、あるもの。
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先日2人の姪っ子と『トムとジェリー』を観ていた時のこと。
下の子は、カラコロとまぁ小さな鈴が坂道を転がるように笑い続けて、
上の子は、かわいそう過ぎる、切ない、と終始呟き目を覆ったりしている。
妹はジェリーの目線で、お姉ちゃんはトムの目線で『トムとジェリー』を観ていた。
2人が観ている映像は同じだけれど、感じているストーリーは全く違う。
あぁ、自分のストーリーに夢中になって周りの沢山のストーリーを慮る余裕がなくて、
すれ違いやかん違いを繰り返し、これまで幾度となく迷子になってきたなぁ。
いまも・・・
そう想い返したら、私のストーリー迷珍場面集がぐるんぐるん頭を駆け巡って、
トムとジェリーと一緒に七転八倒して笑ったり怒ったり、泣いたりしている自分が画面の中に見えた。
腹立たしいやら恥ずかしいやら、もうなにがなんだかいてもたってもいられなくなって、
言葉にならないすっとんきょうな呻き声を発すると、姪っ子たちは同時に振り返って怪訝な眼差し。
姉妹のストーリーがうろんな伯母の登場によって交差したその瞬間、
私はそこから消えてしまえるように、炬燵の中に頭をひっこめた。
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あかずきんを読んだ方は、あかずきんとおおかみ、どちらに共感されるんだろう。
どちらも「ばかなやつだ」と思うのかな。
それとも・・・
古林
希望