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2F/当番ノート

あたたかさはいつだって

当番ノート 第24期

さすがに一日に二回も面接があると疲れる。家につくなりすぐさまベッドに横になった。
何もする気になれず、スマフォの画面をただいたずらに眺めては、天井の薄いなみなみの模様に目をやり、てきとうな一点を見つめていた。
ふと、スマフォが光り、一通のメールが届いた。今朝、受けてきた会社だ。
「・・・・残念ながら今回はご希望に沿えない結果となりました。今後のご活躍をお祈り申し上げます。」
30社以上受けていた駒はすでに3.4社ほどに減っていた。鬱になる寸前だった。そもそも最後にちゃんと人と話したのはいつだろうか。内定が出ない焦りからか、友人の誘いはすべて断っていた。就活をはじめてからの数ヶ月、ご飯はほとんど牛丼チェーン店で済ませ、健康なんてものはなかった。バイトも就活を理由に休み続け、お金もそこをつきかけていた。

またスマフォの画面が光った。もうお祈りメールは見たくなかったので、画面を伏せ、机の隅に置いた。
その5分後に、今度は電話がなり、起き上がって少しの怪訝と期待とで電話に出た。
「もしもし太田?今何してた?」
電話口の声は、大学でもっとも親しくしている友人の孝太だった。
いや、特に何もしてない、と曖昧な返事をすると、今健二と飲んでいるから来ないかと言われた。時計を見ると22時を回っていた。とても行く気にはなれなかった。
「実はまだ就活しててさ、気持ち的につらくて、今はあんまりかな、、、ごめん」
と言うと、孝太はおだやかな口調で
「でもそういう時だから、来てほしいんだ。たまにはこういうのも大事じゃないかな」
と言った。なんだか急に、彼の言葉に救われた気がした。

暖簾を片手でよけながら、店内に入ると、奥のテーブルに二人はいた。
お世辞にも笑顔とは言えない表情で健二の隣の席に座ると、孝太は「ビールでいいよね?」と言ってすぐに注文してくれた。
店員の持ってきたおしぼりで顔を拭きながら、二人の顔を見れず最初の言葉を必死で探していた。しかしビールが運ばれ、お疲れ様の合図と共にグラスを中で重ねると、変な気詰まりはなくなり、いつもの感じの三人に戻っていた。
「でも、太田には感謝してる。履歴書の書き方だってまともにわかんなかった俺にいろいろ教えてくれたり、就活のことならまず太田って感じだったから」
と、大きめのキャップに大きめのパーカーをだるっと着た孝太は、焼酎に視線を落としながらそう言った。
「俺だってそうだ。履歴書はもちろん、面接対策だってなんだって太田に教わった。」
と、少し恥ずかしそうに言う健二は、人差し指と中指でたばこを挟みながらビールをのどで鳴らしていた。
「正直、もう何が良くて何が悪いかなんてわからない。知識は誰よりもあるはずなのに」
「一回何も気にせずに向こうのおやじと、ただ話すくらいな気持ちでいってみたら?」
「太田は人柄もいいし、形式ばった姿よりよっぽどいいと思う。それは俺らが一番よくしってるから」
ありがとう、と静かにそう答えた。
いつの間にか、嬉しさで濃度のついた涙は頬をつたっていた。それが飲んでいる焼酎を少ししょっぱくした。
彼らと時間を過ごすことは、今の僕に一番必要だったのかもしれない。
酔いの回り始めた頭でそんなことを思った。

どれくらい飲んだかわからないが、気付けば朝の5時になり、閉店になるのでとお会計を渡された。しっぽりと飲むことが好きな僕ら三人は、いつもなかなかの金額になる。今回もそうで、内心できついなーと思いながら、財布の中を覗ている間に二人がお金を出し払いきってしまった。
「太田が来る前から決めてたんだ。今就活できついだろうから俺らが払おうぜって」
何の含みもなくそう言う二人に、ありがとう以上の言葉があるならそれしか適さないと思った。店を出て、夜なのか朝なのか判然としない外の空気を感じ、三人はそれぞれの家へ歩いて帰って行った。

その後の面接はすんなりと通過し、今日は二次面接だった。
言われたとおり、いつも面接官のおじさんと他愛のない話ばかりをしていた。
居酒屋で働いていたとき、食い逃げの団体を必死で追いかけて捕まえたが、最後まで白を切られてしまった話。好きな人に振り向いてもらえるようにバンドをはじめ、ライブに呼んだが、結局うまくはいかなかった話。
とにかく覚えていることは、自分が楽しそうに話ができたかなということだけだった。

お昼過ぎにかかってきた電話の相手は、そんな他愛ない話を一時面接のとき笑って訊いていてくれた人事の磯貝さんだった。
「先ほどは当社の二次面接にお越しいただきありがとうございます。突然なのですが、太田さんの中でうちは第一志望でしょうか?」
その質問の意図が読めず、気持ちは強くありますが検討中です、と濁した回答をした。
「太田さんには是非うちに来ていただきたい。人事の私含め、二次面接の方々、みな満場一致でした。結論から申し上げますと、もう太田さんは最終面接にいらした時点で内定となります」
磯貝さんの声は暖かく、丁寧な敬語で僕の胸に届いた。内定をもらったのはそのときがはじめてだった。嬉しさよりも二人の友人の顔が浮かんだ。

同じ時期、大手の会社二つから内定をいただいていた。もちろん、どちらの会社も最終面接までいき、その後内定のご連絡をいただくといったものだった。
自分の中では答えはほぼ決まっていたが、やはり磯貝さんの会社がどうしても気になって仕方がなかった。その旨を磯貝さんに電話で素直に伝えると、一度会社にいらしてお話させてほしいと言われ、後日伺うことになった。

最寄駅近くのコンビにで待っていると、ロータリーの端から磯貝さんの乗った、灰色の軽自動車が現れた。
「太田さんは居酒屋でアルバイトしてたんですよね、お酒好きなんですか?」
「はい、ビールと日本酒が特に好きです」
「あーいいですよね、今頃だと鍋に熱燗、これはもう最高ですよね」
「そして最後に〆の麺ですよね」
「太田さんまだ若いのにわかっていらっしゃる」
二人っきりの車内は何の駆け引きもなく、ただ無邪気に会話を楽しんでいた。

会社につくと一通りの内部を説明してもらい、先輩社員含めた3人での場も設けられ、疑問点、訊きにくいことまできくことができた。
そしてすべて終わったあと、会議室では僕と磯貝さんだけになった。
「本音は太田さんはうちにはきてくれないだろうなと思いました」
と微笑みながら磯貝さんは言った。どうしてですか、と訊くと
「最初に面接した時点で太田さんには絶対にうちに来てほしいと思ったんです。二次面接の際、それを上に伝え、面接してもらいましたが、上の人たちも私と同じ気持ちでした」
「ただ、私たちがほしいと思うということは他の会社もきっと太田さんをほしがる。そうしたとき、大手の会社と比べると、少し劣ってしまううちにはこないだろうなって思ったんです」
「人の温かい会社です。大企業と言うわけではないけど、人でなりたっている会社なんです」
と磯貝さんは言った。
話しながらお互い目頭をあつく濡らしていた。気持ちに陰りがさす。話せば話すほど決心が揺らいだ。

おもては空気がつめたかった。帰りの車内、助手席に座ると、入社してからこの人との先を想像すると思わず涙が出た。
駅につき、何度もお礼を言った。もう話したいことはすべて話した。
採用の仕事で忙しい中、来るかどうかもわからない自分に半日費やしてくれたことを思うと心が苦しくなった。去っていく軽自動車を深々と頭を下げ見送っている間、顔を上げることができなかった。

一週間後、磯貝さんに他の会社に行きますと言い、今までのお礼もそこでしっかりと述べた。
「きっと太田さんならどこに行ってもやっていける。僕が人事として、君を選んだことが間違いじゃなかったって、証明してほしい。がんばってください。」
電話越しでがっかりした様子を見せないかのように、磯貝さんはありがとうと言った。
僕は涙でいっぱいになっていた。場所も職種も違う会社、きっともう会うことはない。会いたくても会うことなんてできないのだ。

三日後。内定をもらっていた大手の会社に「御社で働かせてください」と電話をした。

030

【おわり】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【 雨子の話 8 】

*本編の”あたたかさはいつだって”とは関係のない雨子の話

Yuya Kimura

Yuya Kimura

1993年群馬県出身。少し濃い目の珈琲と文庫本。それと、写真。

Reviewed by
森 勇馬

結局のところ、わかりきったことを撫でるように過ごしていく。
いい日や悪い日、なにもかもうまくいかなくて、がっかりした気持ちの日もある。
でもそう在りたいわけじゃない。

明日は今日よりいい日でありますように。

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