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2F/当番ノート

昔から流れる空気

当番ノート 第31期

03
飛行機を降りると、適度に湿気を帯びた南国の空気が迎えてくれた。
到着した僕を待っていたのは、ハイビスカスの花や貝殻で出来たレイを持っている現地の人達。
なんだかベタな展開過ぎて、それはもう笑ってしまうくらいに。

まずはレンタカーを借りに、HERTZのカウンターへ。
慣れない英語を駆使して車を借りたら、ひとまずこれから5日間滞在するホテルへ向かった。
車に乗り込んでエンジンをかけたら、とりあえずラジオを付ける。流行りの曲じゃなくて、ハワイアンミュージックが流れるチャンネルに。そういえば、わざわざ国際免許も取得したのに、一度も見せることなく借りられた。オアフ島だけじゃなくハワイ島でも、日本の免許だけで運転していいらしい。

ハワイ島はオアフ島に比べると広くて、コナ空港からホノカアまでは車で1時間半、そこからヒロまでは1時間、そこからホテルまでは2時間という具合。街と街とを繋いでいる道は基本的に何も無く、見渡す限り広大な大地が広がっているだけ。信号が現れたら、それが街の入り口の合図。そしてまた、10分も走れば牛が放牧されているような大自然。これの繰り返しだ。
ほとんど街灯が無いから、夜は真っ暗。現地の人も、夜は日が落ちる前に帰って来た方がいいですよ、と言うほどに。

映画「ホノカアボーイ」を撮影した、市橋織絵さんの切り取る風景が以前から好きだった。
何冊か写真集も持っていて、ハワイ島を訪れるときは「これをガイドブックにする」と決めていた本も、市橋さん撮影のもの。

ホノカアまでの1時間ちょっとのドライブは飽きるどころか、それまで本や映像でしか見ていなかった景色が、次々と目に飛び込んできて、落ち着く暇も与えてくれなかった。真っ直ぐに続く道と青い空、所々に咲くブーゲンビリアの花、牛や羊の群れ、高い木が生い茂る林道など、景色が目紛しく変わっていく。天気も変わりやすいとは聞いていたけれど、本当に晴れたり曇ったり雷が鳴ったり、雨上がりに虹が出たりと忙しい空模様。でもそれが、僕らにはどうしようもできない無力さと、自然に生かされていることを感じさせた。

06
映画の公開からもう5年が過ぎていたけれど、ホノカアの街は映画の中のそれと何も変わっていなかった。街を歩いていると、あちこちで映画のシーンが蘇るし、ふと登場人物が現れそうな気さえする。それくらいに、映画の印象と実際の街の印象にギャップが無いのも、珍しいんじゃないだろうか。
訪れた時期のせいか観光客はあまりおらず、地元の人が道端で話していたり、サーフィン帰りの青年がいたり、土地に息づく人達がその場所を大切に思いながら暮らしているのを感じられた。お昼ご飯にと入ったSimply naturalでは、大柄なおじさん二人が小さなアイスをつつく姿が何だか可愛らしくて思わずシャッターを切った。

ホノカアピープルズシアターは今も映画館として機能していて、今日の上映はアメイジングスパイダーマン2。映画に登場するポップコーンマシーンも健在だ。
映写室のドアにはPRIVEATTEの他に「中を見たい人は声をかけてね」と札がかかっているのを見つけたので、カウンターにいる女の子にお願いしてみた。すると、映写室だけでなくスクリーンの裏側や、昔使われていた控え室なんかもどんな風に使っていたのか説明しながら、丁寧に案内してくれて、正直驚いた。もっと、簡単に説明されると思っていたものだから。
当初は、映画を見ていたら日が暮れてしまうからと諦めていたけれど、そんな風によくしてくれたら、ここで映画を見ない訳には行かぬと、夜までホノカアにいることに決めた。

05
なので、それまではホノカアを散策。
外せないのはやっぱりマラサダ。オアフ島でマラサダと言えばLeonard’sだけど、ハワイ島でマラサダといえばTEX Drive in 。もっちりふわっとあっさりの、ベーシックなマラサダは格別で、二つくらい頬張った後、さらに3つほどお持ち帰りもした。地元のスーパーでは、とりあえず自分用にTシャツ(Hanesのボディにプリントというのがぐっとくる)と、晩酌用にコナブリューイングのクラフトビールを数本、そして大容量のポテトチップと翌日の朝ご飯にスパムむすびを買った。

そこから車を西に走らせて15分くらいの所にある、ワイピオ渓谷へも足を伸ばした。スケートボードを片手に展望台までやってきたと思えば、芝生に腰を降ろしてウクレレを弾く青年がいたりと、やっぱりどこもゆったりとした時間が流れているよう。展望台からの眺めも最高だけどやっぱり谷まで降りてみたいなと思ったが、4WD以外は通行禁止、あいにくレンタカーは2WD、今からツアーには参加できない。しょうがない、歩いて谷を下ろう。ただ、急坂だから下りは1マイルだけど、昇りは10マイルくらいに感じるらしい。
それでも、景色の開けた坂を歩いたり、緩やかに流れる川沿いを歩いたり、林の中を抜けたりと、ただ歩いているだけで楽しい。溶岩が風化してできたと言われている黒砂のワイピオビーチは、風が強いこともあって絶好のサーフスポットらしい。結局、帰りだけではなく行きも大して楽ではなくて、へとへとで展望台に戻ってくるまでに、何台かツアーのバギーが追い抜いていった。やっぱりツアーに申し込めば良かったか。


映画までは少し余裕があったので、行きたかったアンティークショプへ。映画の中で、主人公のレオが店主であるグレースさんの写真を撮ったお店だ。ガレージを改装した店内には、アンティーク家具やデッドストックの食器や古着のアロハシャツまで、見ているだけで楽しくなるものばかり。ここでも、グレースさんに声をかけると、ホノカアの街の歴史や日系移民が多い話、シュガープラント時代の話をしてくれた、と思う。何せ英語はそこまで得意ではないから。
お店を出る前に、グレースさんの写真を一枚撮らせてもらい、ホノカアピープルズシアターへ。

映画がスパイダーマンということもあって、所々で子供が声を上げたり笑い声がしたりして、エンドロールまで食い入るように見ていて、終わると子供達は拍手をしていた。そういや映画ってこういうもんだったな、驚くところで思わず声を出したり、面白いところで皆で笑ったり、周りの人達と1つの映画を共有して見るというのが良いんだよな、と。日本で見るときは、なぜか周りを気にしてちょっと遠慮しながら見ることも多いけど、海外ではみんなが当たり前のように笑ったり驚いたりしながら自然に見ている。そうだよね、映画ってこういうものだよね、と気付かされた。上映中のマナーがどうのこうのと言うけれど、あまり縛りすぎたら純粋に映画って楽しめないんだよな。

そんなことを考えながら映画館を出ると夜の19時半、その頃にはあたりはもう真っ暗だった。
「現地の人に言われた通りになったな」なんて思いながらも、おかげでホノカアの優しさや暖かさに触れることができた。

そのあと暗闇に怯えながら、ホテルまでの1時間の道のりを車で走ったのは、言うまでもない。
11

荻野 瞬

荻野 瞬

旅するデザイナー/旅する観光案内人

会社員時代から日本全国を車で旅し、様々な土地で出会った人々や物に魅力を感じるようになる。
退職後はフリーランスのデザイナーとして、ロゴマークや印刷物などのグラフィックデザインを中心に活動。

2014年には、鹿児島に移住する際に東京からの3週間の車の旅を「オギーソニック」と称し、キャラバンを敢行。
それ以降様々な場所を訪れながら活動し、各地で出会った人や見つけた物などの情報を発信している。

ただいま東京での拠点となる物件を探し中。

Reviewed by
熊野 英信

旅行記というジャンルの読み物がある。
その作者がその旅先で観たもの食べたもの聞いた音出会ったひとたちとのことなどを、
その作者のことばで語ってくれる、体験記である。
土産話ということばがあるが、まさに旅行記で語られる話は、お土産に違いない。
形に残るものをお土産としていただくことももちろん嬉しいことも多いけれど、
正直、すみません、押し入れで肥やしになっちゃうような置物だってある。ほんとすみません。
その点で言うと土産話というのはいい。
なんせ、語られることで追体験したような気になるし、
なんなら憧れてしまってほんとうに行ってしまったりもするし、
なにより部屋が狭くならない。
大切なのは同じ気持ちになることだなあと思う。
前回の話から続く荻野さんの旅行記。
ひかりと空気と思い出が織り込まれた写真と相まって、
景色が見えてくるよう。
きっと荻野さんは、また行きたくなってるんじゃないだろうか。
なんだか憧れのひとのことを話してくれているみたいに思い出がキラキラしてて、
なんだか読んでて気恥ずかしい気持ちになった。

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