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2F/当番ノート

偶然も必然も、どちらでも本当は良かった。

当番ノート 第32期

先日、中目黒にあるCafe & livespot FJ’sというお店がリニューアルすると言う事で、partyとやらにお呼ばれしてきた。そんなpartyなんて滅多に行かないし、その後の用事もあったもので少し顔を出すという生意気な感じでお邪魔する事となった。お店は大きい通りに面してはいるが、駅から少し離れた場所でのんびりした空気の中。路面に向かって扉が開いており、晴れた夕暮れがとっても気持ちよく風と共に音楽が聞こえて来た。お店は2006年に音楽家 深町純さんが作った場所で、グランドピアノと普段はソファーが並んでゆったりと音楽を楽しめる空間になっているようだった。惜しくも2010年に深町さんは亡くなられたのだが、その後も多くのミュージシャンがその場所で素敵な音楽を共有してきたのだろうなぁと、歴史を感じる店内の雰囲気に私の心も踊った。

そんな雰囲気に酔いながら、一つの偶然に出会った。店内に入ってすぐ、見たことのある女性の後ろ姿が見えた。私の恩師の久保田陽子さんだった。彼女は私が学生の頃に通っていた養成所で歌や表現を教えてくださった先生。ご自身もロックバンドのヴォーカルをされていたり、つい2年前くらいに長渕剛さんのツアーコーラスとして参加されたり、皆さんも馴染みのあるCMで声を担当されたりと様々な場所で活躍されている方。養成所時代は、技術だけでなく何より自分らしく歌う事の大切さを教えてくださった、私にとって影響力のある大事な大事な恩師であった。養成所を卒業した後も、何度か食事に連れていってもらったり、一緒にお酒を飲んだり。とてもお世話になっている陽子さんだけど、最近はなかなか会う事が出来ないでいた。時代のおかげで普段からSNSなどで活動や写真を見ていたけれど、恐らく2〜3年ぶりの再会。この日、6月にこのFJ’sでにてギタリスト 長井ちえさんとライブをする予定が決まっており、その下見がてらという事でお二人でいらしていたとの事。予期せぬ偶然の出会いに、会えた事以上に嬉しい気持ちが溢れた。

partyはゆるく始まり、お酒を飲みながらゆっくりと近況報告をし合った。相変わらず元気な陽子さんの雰囲気にとても嬉しくなった。養成所にいた頃は、それこそデビューやメディアに出る事が全て、みたいな環境で日々オーディション、日々競争だった。自分の代わりになる人なんて沢山いる。席数には限りがあって、仲間が上手くいく事を快く喜ぶ事が出来なかったなぁと、今では懐かしく思う。多くの生徒がいれば、様々な人間がいる。”夢”という大きなくくりで言えば同じような目標を追いかけていても、そのベクトルの方向や大きさの違いを当時から感じていた。そんな環境下で自分を見失ってしまう人も多かったけど、私が自分自身を信じてこれたのは、少なくとも陽子さんの存在があったからだと感じている。
あれから8年近く経った今、陽子さんと少し距離を縮めて話が出来ている気がする。この日も特に相談したかったわけではないのに、迷っていた事へのヒントになるような言葉を陽子さんはくれた。「先生」と呼ぶと今は怒られるけど、私にとってはいつまでも「陽子先生」である。

途中、深町さんの生前の演奏映像を流して下さった。鍵盤奏者としても活躍されていた深町さんの、ピアノだけの演奏。恐らく7〜8分程度の曲だったと思うが、気付いたら涙を堪えていた。旋律がとても綺麗で、飾らないシンプルなピアノの一音一音がキラキラと輝いて体に流れこむ様だった。優しい音がとても心地よくて、心をきゅっと掴んで。とってもいい空間だった。きっと、ずっと忘れない夜になるだろう。

あの日々を共にしていた仲間はどうしているだろう。音楽から離れている人も多いだろうし、家庭をもつ人もいるだろう。もしかしたらもう東京にはいないかもしれない。もう二度と会えない人だって沢山いる。音楽に限らず、出会いと別れは巡っていくもの。そんな中でこの日、この空間にいられた事を少しだけ誇らしく思う。

偶然か必然かなんて、誰にも分からない。

どちらであってもいい。

それでも、大切にしたい瞬間は必ず導いてくれる。

そうやってセカイはメグル。

粟生田水葉の赤裸々連載、2ヶ月間お付き合いくださった皆様。そしてこんなとっちらかり野郎にこんな貴重な機会をくださったアパートメント管理人さまさま。心からありがとうございました!どきどきとわくわくが毎週止まなくて、ほんとにあっという間な2ヶ月でした。また皆様の前にお目にかかれるようにアワウダはこれからも前に進んでいこうと思います。メグリめぐって、どこかで必ずお会いできますよう◎

粟生田水葉

粟生田水葉

粟生田水葉(アワウダミズハ)

1987年生まれ。東京都出身。

うたを作って歌っています。
たまにちょっと踊ります。
美味しいものと人が大好きです。

Reviewed by
猫田 耳子

必要なものだけをくれる神様はいない
欲しいものだけを選べる人生はない

いまここにあるものを、抱きしめる腕だけがある

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