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2F/当番ノート

『傑作は未だか』第六話「東京 大道具の合間に制作」

当番ノート 第34期

一点の傑作を作るには、ある諦念の下で黙々と坦々と作業を積み重ねていくことが絶対不可欠だ。少なくとも私にはそうだ。

この自伝も半分が終わった。前回のテレビの大道具になったところで私はようやく30歳になった。
この第6話は申し訳ないけどあまり面白くない。なぜなら坦々としているから。坦々とようやく坦々と自分の作品に向き合えたのだ。

3ヶ月程、六本木のシェアハウスに居た、、と書くとオシャレなところにいたと思われるかもしれないが全くそうでない、只ひたすらに狭く汚く、奇妙で貧乏そうな人達しか住んでおらず、家賃は7万円と高く、ここにいるとお金も希望も飛んでいくと、入居直後から転居先を探し、2008年の秋口には池袋から程近い千川という住宅街にある木造アパートに引越した。この2008年は秋田ー富山ー六本木ー千川と3回も引越した。
テレビ局の大道具で月20万円近くの収入も得、静かな住宅地、千川で風呂は無いけど6畳と3畳と二間もある木造アパートで暮らし始めた。テレビの大道具というのはこれは私に好都合だった、拘束時間がまちまちで、野外ロケとかはもう20時間ぐらい拘束されるが、局内のセットのタテコミは短いときは4時間ぐらいでおうちに帰れるというものだった。空いた時間は美術館に行ったり裸婦デッサンの勉強会に行ったり美術の勉強をしていた。そうこうしているうちに、2008年も暮れにさしかかった。

ある日、私は千川のアパートで寝ていた。夜明け前ぐらいの時間帯だったと思うが目が覚めて天井をながめて、春先から今日までの事を振り返った。本来なら秋田市で居を構えてバイトしながら制作の日々であった、が、私の計画性のなさ(と、いうか計画そのものへの拒絶)で、それがダメになり仙台で人様を殴り、富山・上田ではやる気が起こらず、そして東京でなんとか仕事をみつけ千川で静かに暮らしている。千川というところは池袋から徒歩で30分程なのだが実に静かだったし、その木造アパートは古くからあるのだろうお年寄りばかりだった。隣は墓地であった。突然
「オレを誰やと思っとる吉本伊織やぞっ」
と、天井に向かって怒鳴り声のような独り言を放ってしまった。無意識であった。余程、創作意欲がたまって焦っていたのか。狂ったように吠えてその直後から、自分が今、何をしたいか考えた。もう一度秋田に戻って表現活動をやるべきでないか、、、もともと劇団の大道具やめて秋田市で作家活動をしようとしたではないか、バイトと家が見つからなかったが、いろいろやりたい事が増えるし、やれなかった事も増えるが、一番最初にやろうとして出来なかった事に取り組むべきではないか、仕事と家がある以上引越しは出来ぬ、ならば、東京で作って秋田で発表することが今出来る最良の事なのではないかと考えた。幸い秋田市の繁華街に現代アート・若手作家向けのギャラリーにつてがあった、、、この夜明けの自問自答で導き出した方針を出来るだけ早く実現化すべく、その日のうちにその秋田市のギャラリーに電話をかけ、展覧会させてとお願いして、かりる際のお金と空いているスケジュールを確認して開催時期を決めた。

さて、個展の開催が決まった、作る作品はその夏にエントリーして落選した岡本太郎賞に出した模型がある。それを少しアレンジして(このアレンジが今考えるとかなり失敗だった)インスタレーションを中心に壁面には絵画を数点出す事にした。
実は今、2009年7月25日の秋田さきがけという秋田の地方紙に掲載されている自分の記事を呼んで、どんな展覧会だったか記憶を呼び起こしているのだが、この記事を読んでいると辛い、恥ずかしい。
「吉本さん 会場全体使って 人生の旅路表現」という見出しが見える、バカなんじゃないかオレ!なんか恥ずかしいこの時まだ31歳。
とにかく、2008年暮れ、来年の夏に秋田で個展開催という事が決まった。さあ、あとは作品を作るだけである。アパートの片隅で絵画作品を作り始めた。インスタレーションは歩いて20分くらいの江古田にある木材屋さんの片隅をおかりして作らせてもらった。知り合いも殆どいない土地で仕事と制作だけ。

ここに至ってようやく私は、具体的に傑作を制作する環境に立つ事ができた。しかし、ここまで来るのに少し時間をかけ過ぎた。

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「風景 神代」2010年 アクリル・墨 66㎝×44㎝※秋田の劇団の近くの風景

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ioriyoshimoto

吉本伊織1978年富山県生まれ。大道具や美術作品の施工など様々に転職、上田市や天草市など様々に転居を繰り返す。今、私にとって一番大切なことは絵を描く事です。好きな食べ物は焼き魚。(数少ない)主な収蔵先:神奈川県立近代美術館

Reviewed by
寺島 大介

とうとうたどり着いた孤独な制作環境。東京で制作しながらも初志貫徹にて秋田での展示をめざす彼。周りに回って時間がかったがそのぶん静かな環境での黙々とした制作が、逆に新鮮に見えるのでは無いだろうか。

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