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2F/当番ノート

月光に照らされて

当番ノート 第36期

1997年の2月、初めて帆船で航海しました。
大阪から鹿児島まで、四国の南側、太平洋を超える一週間ほどの航海でした。

全部で25人ほどの乗船客がいました。
6,7人の3チームに分かれて、チームごとに様々な作業をして船を動かしていきます。

ぼくのチーム(船ではワッチと呼ばれていました)は、
高校生男子、大学生女子、20代男子(ぼく)、30代女子、40代男子、60代男女各ひとり、とものすごく年齢のバランスの取れた構成でした。
それぞれのバックボーンや船に乗った動機もまるで違っていました。

船は24時間ずっと走り続けています。
だから普通は乗組員は4時間ごとの三交代体制で船を動かします。
4時間、当直に入りそれが終わると他のメンバーと入れ替わります。
二つのチームが4時間ずつ、合計8時間当直に入るとまた最初のチームと入れ替わります。

乗船者のワッチの行うなかで大きなものに、プロの航海士さんと一緒にこの4時間ごとの当直に入り、航海士さんにいろいろと教えてもらいながら船を動かすことがあります。

舵を取って船を決められたコースに沿って動かします。
レーダーで遠くの船を見つけたら、水平線に船影が見えるまで双眼鏡で探します。
GPSを使って海図の上に船の位置を入れていきます。風や潮の影響で進路がずれていくようなら修正していきます。
天候や気温、水温、風の強さや風向きを航海日誌に記入していったりもします。
ちょっとしたセイルの調整も当直ワッチで行います。
風向きや天候が大きく変わってたくさんのセイルを操作しなくてはならなくなったら、当直以外のメンバーも呼び集めて作業します。

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当直は昼間だけではなく夜中にも回ってきます。
当直はブリッジと呼ばれる、デッキから一段高くなり周りがよく見えて、様々な航海計器が設置された部屋で行います。
昼間は当直中に他のワッチメンバーや乗組員がブリッジに遊びに来たりもします。
またデッキで話したり何かの作業をしている物音や声も聞こえてきたりと賑やかです。

これが夜になると当直メンバー以外はほとんど眠ってしまっています。
デッキには当然人影を見ることはありません。
また周りの海の様子を少しでも見えやすくするために、デッキやブリッジは明かりをほとんど落としてしまっていて真っ暗です。

暗い、さみしい、眠い、と夜中の当直を嫌う人も多いのですが、ぼくは初めて乗った時から今までずっと好きです。
船は基本的には集団生活です。
昼間はいろいろな作業やイベントがあります。
休憩時間でもみんなが思い思いに過ごしています。
それはそれで楽しいのですが、ひとりになる時間や静かな時間を作るのはちょっと難しい。

夜の当直ももちろんひとりで入っているわけではありません。
けれど真っ暗な中で過ごしているせいか、昼間よりもみんなあまりしゃべらなくなります。
話す内容もなんとなくですが、ちょっとまじめな、真剣な話になることが多いです。
昼間のいろんな人がやってきて、ワイワイと騒ぎながら船を動かしているのも楽しいのですが、暗闇の中で、ゆっくりと言葉を交わしながら、暗く沈んだ海を分け入って行く時間に、全く違った魅力を感じていました。

またブリッジを出て、暗いデッキで双眼鏡を持ってひとりで水平線を眺めていると、たったひとりで夜の海を進んでいる、そんな気分になったりもします。
そんな時は、水平線に他の船のライトを探しながらも、とめどなくいろいろな記憶や感情が溢れてきます。
波の音に包まれて、夜の海にひとり。
ちょっと他では味わえない、贅沢な時間ではないでしょうか。

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舞台照明家という仕事はゼロから価値を生み出すアーティストに寄り添い、その作ろうとする世界によりしっかりとした風景を作る仕事です。
外の光を完全に遮った劇場という特別な空間に、光を使ってどう自分だけの絵を表現するのかを毎日のように考えます。
人工的に作られた光と闇。音と物語。
もちろんそうしたものが大好きなことに変わりはないのですが。

帆船で航海することは、そうした自分の日常とは全く逆のコンテクストを生きることでした。
風と潮と天気を読んで進路を決める。
自然の変化とそこから受ける影響を見極めながら船を動かしていく。
船の周りにはただ海だけしかなく、見えるのは海と空、聞こえるのは波の音。
自然を感じながらその力強いけれどバラバラな力を、技術と経験で前に進む力へと変える帆船で航海するなかで、いままで興味のなかったことや見えていたのに見ていなかった様々なことを見つめ直すキッカケになりました。

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夜の海というと星がキレイじゃないかとよく聞かれます。
確かに陸から遠く離れた海では星がとてもキレイに見えます。
けれど初めての航海では星はそれほど印象には残っていません。
月が明るかったからです。
満月にかなり近い月だったので、日が暮れてしばらくすると月が昇ってきて、夜の間じゅう空にあったのです。

夜の当直に入っている時に、星がキレイなのはそれはそれで素敵なのですが、どちらかといえば月が明るい方がありがたいのです。
月が明るいからです。

繰り返しになりますが、夜の海を航海する時にはなるべく明かりを点けません。
例えば雲がかかっていたりして月も星も見えないと、デッキの上は本当に真っ暗になります。
すぐ近くに誰かがいても気がつかないくらいです。
音や気配で人がいることは分かってもそれが誰かなんてちっとも分かりません。
移動する時に何かにぶつかったりすることもしょっちゅうです。

何日か曇りの夜が続いたある夜、夜中に当直交替のためにデッキに上がりました。
その日はそれまでと何もかもが違っていました。
デッキにあるマストやセイルを操作するためのロープがはっきりと浮かび上がっていました。
人が立ったり、歩き回ったり、舵を取っているのも見えていました。
近づくと表情が変わるのまで分かるくらいです。

真っ暗な夜もキライではありませんが、何をやるにもいちいち気を使うので疲れます。
そして夜の深さと向き合い続けるような厳しさが漂っています。
月が明るい夜は、同じ船の上でもまるで違う雰囲気になります。
海もぽんやりと淡い光を放ち、それを背景にマストやみんなの影が滲むように重なります。
昼間と同じ風景なのに、月の光の下ではどこか違う表情を見せまるのです。

月の光に照らされた景色を見たのは初めてでした。
そんなに明るいなんて知りませんでした。
そして月光の下で、世界がまるで違って見えることも知りませんでした。
風のことも、波のことも、星のことも、太陽のことも、知らないことがたくさんあることにぼくは気がついたのです。
大海原を航海する帆船のデッキで。
月光に照らされて。

ぶんごー

ぶんごー

舞台照明デザイナー 帆船乗り
劇場か海上にいることが多いですが、日本各地をうろうろしていることもよくあります。
ゆっくりと移動するのが好きです。

Reviewed by
ぬかづき

船や航海ということについて、閉じられた空間で、人間関係の「遊び」が少ないのではないかという偏見を抱いていた。でも今回のノートを読んで、そうした思い込みが解消された。昼間はわいわいと、夜はまじめに。あるいは、ひとりで物思いにふける時間や場所もある。良いな。

そうそう、それと私も、月の光で影ができるのに驚いたことがある。ウガンダの熱帯林のなかで調査をしていたときと、京都御所を散歩していたとき。船のデッキでも月が影をつくるのだ。どこまでも広がる海の上で。これもすごく良いな。

そして、人間が光や音や物語をコントロールして創り出す舞台という世界と、自然に寄り添い、技術と経験でもって、ちっぽけな人間の存在を前に進む力に変えていく航海という世界。両者の対比を思いながら、照明に照らされた舞台や、月光に照らされた海を想像する。

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