生姜の入ったお茶の美味しい季節。すでに新年に入ってから今日で18日が経過。日に日に寒さが深まりながら、でも日も長くなってきて春が近付いてきてもいるのを鼻にツーンとくる冷気とともに感じています。
自然の中で、朝早く起きて瞑想や座禅をして、カフェイン・アルコール・五葷を避けたピュアな菜食料理をいただいて、のんびりゆっくり過ごした中で、徐々に自分の意識が透明になっていったように感じてとても幸せだった。
でも帰国をして二週間経った今、この時。
隔離された場所で感じる事を、普段の暮らしの中に戻ってきても保ち続ける事ってなかなか大変。
例えばひとつの例として、たったひと月留守にしていただけで日本の電車のつり革広告は(改めて)ひどい!なんて意地悪で、下劣なんだろう、と心が反応してしまう。
白樺の木の下で、ハミングバードの羽音を聴きながら過ごしていたからか五感が敏感になっているのを差し引いても--日本の社会で、子育てや電車で通勤して会社で働くのも、毎日学校へ行くのも。
褒められもせず淡々と務めることや、大切なものを状況がどうであれ守り続けていること。そういう形で世界を自分の場所で明るくしている人こそよっぽど修行してるみたいだと思う。
だからこそ、特別に神聖に守られた場所があることで、自分の中の大切な声に耳を澄ませることも出来る訳なんだけど。
お正月に宿坊に泊まってお庭に向かって座禅をさせてもらったことが、とても良い一年のスタートになりました。
施設に滞在していたのはドイツ人、オーストラリア人、そしてロシア人が多くて、牛乳からヨーグルト、そしてヨーグルトからバターミルクをつくる方法を教えてもらいました。
黙って、座って、呼吸をして。何にも特別なことはしてないのだけど、いろいろなものがストン、ストン、と本来デザインされたところに落ち着いていくように、自然の中で、自然に近い所で、自然そのものである私に触れることが出来て清々しい気持ちに包まれました。
You are what you see, smell, eat, touch, and listen to.
–あなたは、見るもの、香るもの、口にするもの、触れるもの、耳を澄ますものによって作られる。
植物の種が、置かれた環境の温度、土質、雨量や光の加減などが適していると、葉が色づき、美しい花を咲かせ、その可能性をフルに発揮するように、わたしたちも五感を通じて受け取る自然からの恵みが調和的で適切であれば、自分らしく、色濃く輝くことが出来る。そうありますように! Tat asu tu!
美しさって女性の求める普遍的な価値観のように思われますけど、日本に住んでいると、いわゆる「美しい人」のストライクゾーンが非常に狭いように感じられます。
型にはめた所に、自分を無理に押し込むのではなくて、美しさに、いろんな姿があって良い。私が今までの人生を通して学んだ事は女性はもっと自分の可能性を知り、自信を持って良いということ。(そこからオーダーメイドの下着をつくっているので興味のある方はコンタクトくださいね。)
桜が桜であることが美しいように、私たちもそのままで美しいんだと今は自然に思えるようになりました。
厳しさも、やさしさも、両方大切だけど、太陽と北風の力比べだと太陽の温かさが勝つのだなぁということも。
一か所に居ないから、今はどこにいるの?日本?東京にいる?って中々会えない人もいるし、いつも見えない沢山のありがとうに応援されていて、メッセージを送ってくれる人とか、良く想ってくれている人とか。
あと一度の投稿でこの連載も終わりで、この二か月間なんだか遠い国にいる誰かにラブレターを書いているみたいでした。
色々なことがあるけど、これを読んでくれてる何人かの人が、それぞれの場所で爽やかな春を迎えられますように。
私も、想っています。
back to (un) ordinary life.
Naomi.