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2F/当番ノート

言葉にする

当番ノート 第37期

ここで、文章を書くことになりました。

しかしながら、私、文章、苦手。
言葉にすることが、苦手。
もともと、私は話すこともとても苦手でした。幼稚園から中学校までは、同級生は40人くらい、ずっと同じメンバーで過ごしたためか、その子たちとは仲良くやっていたけれど、というかそっちではむしろおちゃらけキャラで通っていた気がするのだけれど、新しく人間関係を築く、ということが本当に不慣れで、内弁慶な、極度の人見知りでした。
人見知りの原体験となっているのは、小学校時代、4年間通ったバドミントンクラブでのこと。4年間も通ったけれど、私の声を聞いた人はほとんどいなかったのではないかと思う。私は、全く、喋らなかった。誰がいくら親しげに話しかけても、気まずそうに笑うだけ。頑なに、喋らない。初めの頃は好意を持って話しかけてくれた子たちもそのうちに諦めていって。申し訳なかったなぁ、と今は思う。こんなにも喋れない自分に、毎回自分で愕然としながら自分でももはや諦めるしかなく、私はただ黙々と、バドミントンをしていた。
なんでなんだろう、喋りたくても、口の中に、とんでもなく高いハードルが備え付けてあって、どうしても、言葉が出なかった。
大人になるにつれて、初めての人と話すことはそれなりにできるようになって、ごく稀に、人見知りだなんて信じられない!と言われることもあって、こっちこそ信じられない!と驚く経験もできるまでになりました!

でも、やっぱり今でも、大事なことを言う時には、ハードルが復活して、言葉にするのにとても時間がかかってしまう。言葉を紡ぎ出すのに、なんだかとてもエネルギーを必要としてしまう。
しかしながら、この悩みについて、ついこの間、とても興味深いことを耳にしました。幼少期、両親が共働きだったため私は同居する祖母と多くの時間を過ごしましたが、この祖母がなかなかかなりの無口な女。先月お正月に帰省したときのこと、祖母は、とってもおしゃべりな二歳のひ孫を見ながら、少しだけしょぼんとしてこう言いました。
「ちんちぇ頃に大人がいっぺしゃべってやんねど、大人になっても喋らんにくなんだど、おらはそだにおめらにしゃべんねがったから、んだからダメだったんだっぺ」
意味:小さい頃に大人がたくさん話しかけてあげないと大人になっても喋られなくなるらしい、私はあんまりお前たちと話さなかったから、ダメだったんだ

ふむ、ほう、この長年の悩み、ばあちゃんが原因だったのかもしれない、とな。ばあちゃんが無口なのは知ってたけれど、それが私の言葉苦手の原因だって、なぜか考えたことなかったな。そうか。なるほど。あるかもしれないな。二歳の姪っ子はよく喋る。親である私の兄も義姉も、たくさん話しかけてコミュニケーションをとっている。天真爛漫に、素直に喋る子は、とてもかわいい。子どもはきっと、この方が絶対にいい。
しかし。なんでだか。
これ、もし、ばあちゃんにもらったものなんだったら、いいよー。と、思った。やっかいだし直したいんだけど、直すその過程も含めて、ばあちゃんから渡されたもの、そうなんだったら、いいよ、全然。
祖母の存在がここに詰まってて、私はこいつと格闘しながら、歩いていける。それは、私だけに与えられた権利である!そうかそれなら、しかと受け取って、いつかやっつけるまで、こいつを私の人生に刻んでいってやろうじゃないかい。そう思うと、なぜだかすこーしうれしいくらいにして。今までただのお荷物だった自分の欠点が、ちょっと存在意義を得てしまって、手のかかる子ほどかわいい的な、ちょっと愛らしい奴にかわったのでした。

だから、せっかくの縁でもらったこの機会、格闘しながら、それもじっくりと味わって、言葉を綴っていけたらと思っています。

ふう。初回、これくらいで大丈夫でしょうか。
ここから残り7回の連載です。自分からどんな言葉が出てくるんだろうか。出て、くるんだろうか。びくびく、ドキドキしています。

どうぞよろしくお願いします。

鈴木 睦海

鈴木 睦海

1988年に、福島県白河市で生まれ、育ちました 今は東京で、役者というものをやっています

Reviewed by
猫田 耳子

だれかのことを「好きだ」と思うたび、わたしはいつも二人の間に流れる空気のようなものが好きなのだと気付く。
新しいだれかに出会うたび、あたらしい空気を含んだ言葉を見つける。わたしとあなただけの言葉。あなたとだれかだけの言葉。同じ人間がいないように、同じ言葉はふたつとしてない。

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