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2F/当番ノート

美食の街とコーベビーフ

当番ノート 第38期

狭い路地はコの字形をしていて、めっぼう汚くて、だけど人々の熱気に最高潮だ。清掃車がブラシをブン回しながら通り過ぎてゆく。酔いと旨みに満たされた人々に、ルールを守れなんて、まぁ、もとより無理なわけで、空瓶やボトル、食いかすなんかそこら中に散らばってる。だが、それこそ、それこそが。

ここは美食の街、ログローニョ。路地を埋め尽くすはキノコ、フライ、チキン、ケーキ、ワイン、ワイン、赤ワイン白ワイン、ティント、ブランコ

ヴィノ、ヴィノ、ヴィノだ!

ピンチョスってのを知ってるかい。スライスされたパンの上に、肉でも野菜でもとにかく旨いもんを乗っけて、串で上からブスリ。それがピンチョス。ログローニョは美食の街って言われるくらいだから、ここのピンチョスは格別旨い。そんで、ここはリオハなのだ。リオハワインの美味さと言ったら….

ひとまず、小綺麗で人の多い店に入ってみる。カウンター席に腰掛け、目の前に並ぶピンチョスをジロジロ。

「どれにする?」
流暢な英語を話すウェイターが尋ねる。
「これは何?」
「フライだよ」
「旨い?」
「旨いさ」
「いくら?」
僕の隣の徳さんはなんともよく質問するヤツである。

結局、甘口の白ワインと、コロッケみたいなやつをひとつ。占めて、一人あたり2.8ユーロ。300円くらい。安い。流石のリオハワイン、甘くてかなり美味い。スペインの旅で飲んだなかでも、最高級だと言っていい。

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こうやって、1軒につき300円で色んな店をハシゴしてゆく。これぞピンチョスの醍醐味。ハシゴ酒ならぬハシゴピンチョス。スペイン語でそれを意味する言葉があるくらいなのである。
そんで、チキンに、豚に、赤に白に、よく分かんないのやつと快進撃を続けた。すっかり上機嫌になっちゃって、フラフラ、ケタケタ笑いながらログローニョの通りを練り歩く日本人二人。

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最高に旨かったのが、キノコだった。ログローニョいち人気のキノコ屋は祭りのシーズンのせいで閉まっていたので、僕らは青と白の安っぽい看板を掲げた、人混みにあふれる別のキノコ屋へと入っだのだが、これが当たりだった。何のキノコなのかさっぱり分からんのだが、とにかく白くておおぶりのキノコ。店先に置かれた巨大な鉄板にこれでもかとそいつを並べて一気に焼き上げる。薄切りパンに乗っけて食らうわけだが、黄金色の汁がキノコから溢れだし、口に放り込むと旨みがドワァーっと広がりまくりで、もうたまらん幸せ。
「徳さん」
「ん」
「もういっこ…食べましょう」
「ハマったな。ええよ」
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酔いも幸せも最高潮。ストリートを埋め尽くす老若男女の群れ。すり抜けてふらふら。
「徳さん、最高だよぉ」

最後に入ったのはログローニョで一番人気だという店。シックな紺の壁紙に、敷居の高そうな雰囲気。オジさんオバさんばっか。なんか知らんけど、皆おんなじのを食っている。
「すみません、ここの一番人気のはどれ?」
「これよ、これ」
金縁メガネの派手なオバさんが自分の皿を指さして言う。
「これはなんなの?」
「コーベビーフよ」 
「へ?」
ガラスのショーケースに並ぶ肉切れのそばに手書きでこう書かれている。

                 “KOBE BEEF”

スペインまでやってきた挙げ句、美食の街のナンバーワンが神戸牛だって…
まったく、なんてオチだろう。
僕らはそれを食べずに店を出て、宿に引き返すことにした。

Reviewed by
浅井 真理子

海外で出会う日本食には色々と驚かされてきたけれど、美食の国スペインで思いもよらない日本の食材に出会うなんて。たくさんのピンチョス、たくさんのワインの波の中からひょっこりと顔を出した懐かしい日本語に呆気をとられる気持ちは、ちょっとだけれど想像がつく。けれどみんなが美味しいと口を揃えるなら「それも良し」かもしれない。

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