iTunesの中に、膨大な量の音声データがある。
それは何年も欠かさず毎月集まっていた仲間たちの、カラオケ音源だ。
友だちはみんな結構な年下だったけれど、わたしたちはバカみたいにはしゃいで、友だちのひとりが「おもしろいからとっておきたい」と録音をはじめた。
マメなその友だちは録った音をアルバム形式にしてみんなに配った。
ジャケットにみんなで録ったプリクラまで設定してくれた。
はじけるような笑顔を遠くに感じる。もう一体、何年前だろう。
ところで、わたしは声が低くて太い。
イラストなどを見てくれてから会った人たちは、ほぼ全員ギャップに驚く。
「もっと森ガールみたいな感じの人かと思ってました」と。
わたし自身、そのギャップが嫌いで、どうして声だけこんなに男らしいのかと悩んだ。
デザインやイラストの仕事に疲れて少し花屋で働いていたことがある。
そこで電話に出て取り次いだときのこと。久しぶりのお客さんだ。
店長とお客さんが話している横で、わたしは葉に水を霧吹きしたりして花の手入れをしていた。
電話が終わると、店長は少しニヤッと笑いながら言ってきた。
「『電話取り次いだ子、男の子?いつのまに採用したの?』だってさ」
お店の電話は少し声を高めに張って出しているつもりなのに。
それでもこれか。
それでもこれなのか。
いつもバスで行く帰り道を、30分以上泣きながら帰った。
自分の声が嫌いだし、嫌いだと思ってしまう自分が嫌いだと思った。
だけど冒頭の友だちが録音してくれた音源を聴くようになると、少し自分の感情が変わっていくのを感じていた。
自分の歌声は喋り声よりまだ少し好きだと思えたし、
仲間たちと騒いでいる様子を聴くと元気が出た。
聴くごとに、わたしは自分の声に慣れていった。
自分を、一部でも好きになるのはすごく難しい。
だけどせめて嫌いじゃなくなりたい、と泣きながら帰った道で思ったのだ。
好きにはなれなくても、嫌いじゃなくなることはできるみたいだ。
それなら、少し頑張ればなんとかできる。
まだ自分の声に対して思うことは消えない。
「もっと明るくかわいい声だったら」
「せめて電話口で男性に間違えられない声だったら」
でも、それでも、嫌いじゃなくなれたことで、きっとわたしはすごく楽になったはずだ。
他の人からは、変わらず「低くて太い声」かもしれないけれども、それでも。
(BGM:あなたに逢いたくて/松田聖子)