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2F/当番ノート

少し太くて丸い柵—ささいなことだけれど

当番ノート 第44期

浅草に最近よく行く銭湯があります。

「よいな〜」と思うポイントは色々あるのですが、
こないだもう一つ見つけました。

柵がとてもよかったです。


この銭湯には半露天風呂があります。
5、6人は入れる大きめの熱いお風呂と、
その半分くらいの大きさの水風呂、
それにたくさんの鯉が所狭しと泳ぐ池。
図のような位置関係です。

IMG_8278

黄色の部分が柵です。
半露天風呂内の通路と、
池を含む庭園のような空間とを隔てるために設けられていると思われます。
柵のかたわらには丸椅子が4脚ほど置かれていて、
お客さんは座って涼むことができます。

その時僕は内風呂からガラス越しに露天風呂の方を見ていました。
なにやら、とてもリラックスした様子で涼んでいる人が。
お相撲さん一歩手前くらいの、やや太めの人。
池に近い丸椅子に腰掛けて、池の方を向いて、柵にあごでもたれかかっていました。
真っ白に燃え尽きたジョーが、そのままやや前傾になったような体勢。
そしてぼんやり池の中を眺めていました。

そこは小さな天国でした。
はやる気持ちを抑えながら自分も実践しました。
ちゃんと小さな天国に行けました。


柵は、少し太めの木製。太さはソフトボールくらいでしょうか。
もたれるのになんとちょうどいいこと。
細くないから安定している。
四角じゃないから腕をのせやすい。
そして、これまた絶妙なのは高さ。
数字にすると70-80cmくらいだと思います。
丸椅子に座って、身長160cm強の僕だと腕をのせるのにピッタリ。
試していませんが、立った姿勢でもかなりいい感じだと思います。

表面は無垢ではないので、木の芳香は一切しません。
でも、涼む人をどーんと受けとめる、包容力のある柵。
その後も何人もの涼み人が、柵に受けとめられて天国に行っていました。


この柵をつくる人が考えていたのは、おそらく次の二つだと思います。
通路と庭園風空間との間になんらか仕切りは必要だ。
全体の雰囲気には合っている方がいい。
通路で涼む人がいい具合にもたれられるように、とは考えていなかったんじゃないかと思います(もし考えていたとしたら脱帽ですが)。
それなのに、結果的に、涼む人を受けとめる確かな包容力をもつ柵ができあがった。

仮に人がもたれることが想定されていなかったとして、だからといって全くの偶然に包容力のある柵になったわけでもないはず。

意図されずに、でも全くの偶然でもなしにできた、もたれやすい柵。
その柵が、そんな経緯に一切思いがはせられることなく、涼む人を小さな天国へ連れていっていたのでした。


この記事を読んで「そんなによい柵ならば、自分も体験してみたい」と思ったあなた。
あまり期待しないでくださいね。
言うても、ただのもたれやすい柵です。笑
確かに魅力的なのですが、事前に期待すれば期待するほど実際とのギャップが大きくなってしまう。
この柵がもつのはそんな魅力だと思います。

きっと、自覚されないのが一番いいのだと思います。
何気なく遭遇して、ひとときをいい具合に過ごして、でもその存在には気づかない。
そんな魅力をもったもの、そんな魅力をもった空間が、僕は好きです。

ちなみに、この銭湯は2019年5月末に閉店します。
行かれる方はどうぞお早めに。蛇骨湯という銭湯です。

清水 健太

清水 健太

駆け出し研究者。
生き生きとした空間について考えています。

Reviewed by
キタムラ レオナ

空間をテーマとした清水さんの連載の幕開け。

初回は銭湯について。

たった1つの仕掛けにより、空間全体がどう変わるか。どのような印象を人々に与えるか。

下町で終わりを迎えようとするその銭湯への郷愁。

湯冷めの心配も無いくらいに暖かくなってきたこの頃。仕事帰りや学校帰りに、汗を流しに銭湯に行くことがあれば、ぜひその銭湯ならではの"空間の工夫"を見てみては。

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