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2F/当番ノート

前向きに保留

当番ノート 第46期

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経験にしがみついてはいないか。

大学に入学してから、10年間、なんかしらの形で演劇に携わってきた。演劇学科のある大学に入り、一限の授業に出席する難しさを知り、必修科目を再履修する友人をイケてると思い、入ったきた後輩たちへの母性に芽生え、5年生を迎える彼らの学費に思いを馳せた。違う違う。

大学に入った途端、高校時代を捧げた彼女に振られて、その腹いせに劇団を立ち上げた。目の前にあるなんかすごいことがそれだった。旗揚げ公演を観に来てくれた元彼女は、「すごいね、かず、遠くにいっちゃったみたい」と言って数年後、「大切な人がいるのに、私浮気しちゃって、多分バレてて、どうしよう、私の居場所なくなっちゃう」とカップル御用達だったウィルコムを使って電話をしてきた。そのとき僕は「大丈夫、居場所は作るから」などとわけのわからない懐の深さを披露して悦に浸っていた。違う違う。

2009年、劇団を立ち上げて、年1ペースで公演を打ち、特別養護老人ホームや小学校、養護学校にアウトリーチで訪れ、旅公演を行い、演劇コンクールに参加したり戯曲賞に応募したり、リーディング企画に参加したり、大学院に行って、認知症介護に演劇的手法がなぜ有効なのかの研究をしたり、演劇学校に入って、そこで公演の企画を立案したり。

2019年現在、編集者・ライターとして、日々てんやわんやしながらも働いている。演劇に携わる時間も観に行く時間も創作に費やせている時間も減ってしまった。それでも、「劇作家」という言葉をプロフィールに入れている。

「演劇好きなんですか」と聞かれたとき「他人に関心を持つきっかけをくれたのが演劇なので、恩義を感じています」「演じるという行為が生活を営む上でどんな効用があるのか考えるのが好きで」「正解らしい考え方やわかりやすく役立つものから距離を置いて、ある事象やただ存ることに詰まっている可能性に寄り添えると思っていて」などと答える。

本当だろうか。これまでの経験と照らし合わせたときに、辻褄が合うようにしたいからこのように答えていないか。掛けてきた時間が他のことと比べて多いから、語る言葉を持てているだけではないか。

もし、経験を手放したくない故に好きだと言っているなら、もう一度なぜ好きのか、どのように好きなのか、どんな関係を築きたいのか、立ち止まらなければ。

実はもう好きじゃなくて、惰性で続けていたと気づいても、これからやりたいと思っていたことが失われても、現在地の自分をないがしろにして、好きでもないことを好きだと語るふりは、危うい。

すぐに判断しなくてもいい。楽に語れる言葉で思考停止するのを避けて、保留でいい。保留することや立ち止まることや悩むこと自体を悪者にしないように、前向きに、積極的に保留。

木村 和博

木村 和博

いきづらさに執着しつつ、おどおどしながら顔を上げはじめました。

1991年生まれ。
劇作家/編集者/ライター
2019年4月より平田オリザ氏が主宰する劇団”青年団”の演出部所属、今のところほとんど幽霊部員。

NPO法人soarが運営するウェブメディア「soar」編集部メンバー。

Reviewed by
向坂 くじら

ことばにできることと、本当のことを語れることとはべつだ。むしろ、ことばにするそばから意味づけや言い訳が交じって、本当のことから遠ざかることもある。だから、注意深く立ち止まるのは、ひとつの美学だ。

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