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2F/当番ノート

4, レーナ

当番ノート 第46期

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 4回目の投稿です。「トルコで出会った女性たち」シリーズ第4弾です。トルコで出会った印象的な女性たちとそれにまつわる私の記憶を書いています。1回目の投稿「ハティジェ」の冒頭にてこのシリーズの説明を詳しく書いておりますので、一体何について書かれているのか混乱された方はどうぞそちらをご確認ください。
 
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 前回までの概要:私は大学卒業後、バックパッカー、ホテルボランティア、旅行会社を経てトルコはクシャダスという街で昼間はホテルのアニメーター(エンターテメントにまつわる業種)夜はホテルをドサ周りをするショーグループのダンサーとして活動するに至った。レーナは一緒にショーグループで働いていた女性。

オクサーナとアーニャ:ショーグループの長。
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 どうしよう。おでこにしか目がいかない。このおでこは広すぎるのではなかろうか。何かショーについてのアドバイスをしてくれているのだから聞かなくては、、、しかし、このレディの声はのぶとすぎる、、、本当にレディなのだろうか、、、そもそもこのレディは一体誰なのだろう。

 これが私の正直なレーナに対する第一印象だ。彼女はオクサーナやアーニャの古い友人の一人で、ウクライナからここクシャダスにやってきて、その日我々のショーを見ていたのだった。彼女のようなベテラン級のダンサーたちは、ショーのあと必ずすぐにバックステージにやって来て「お疲れー!!とっても良かったわよー!!」から切り出し、「とっても良かったんだけど、あそこのあれがね、、、」と、彼女たちなりに気になったところ直した方がよりよくなると思うことを必ず伝えるのである。

 このように、自らショーの感想をベラベラ述べだす文化は私には少し驚きで、最初は彼女たちの私の方が良く知っているといったプライドや上から目線のためにそうしているのかと思っていたが、どうやら彼女たちは善意でもっと良くなる点を惜しみなく告げているようなのである。私は、少しひねくれた性格なので、知り合いのショーを観ても良かったことは言うが、わざわざここはこうした方がいいのではないか、ということは言わない。おこがましく思われるのも嫌だし、上から目線だと思われるのも嫌だし、はたまたそれで彼らの演技が向上してしまったら言ってしまえば仕事のライバルが増えてしまうように感じてしまうのである。私は、出し抜けるのであれば出し抜きたいタイプなので、あまり相手が向上してしまうであろうアドバイスなどは本当に活躍してほしいと思う相手にしか言わず、少し自分とポジションがかぶっているような人には誉め殺し作戦を作動させるくらいの少し卑怯な人間なのだ。

 従って、まだ新米ダンサーの私はレーナが我々のショーを見て姿勢が悪いだのなんだの言っているのを見たときは、どこの馬の骨かもわからないおでこの広いレディが何でいきなり来て先生ヅラしているのだろうか、と思ってもいた。

 少し日にちが経ち、一人の若いダンサーが国へ帰ることとなったため代わりにレーナが入ることになった。レーナは当時御歳40。お世辞にもピチピチのショーガールとは言えない。足は短めで太もも周りの肉付きが良く、前後開脚も床につかない。メイクを施してもホテルのシェフアニマーター(ホテルでのエンターテイメント部門の長)からちょっと老けすぎ、と苦情がきたりするほどだ。なんとも世知辛いが、それがトルコのその街の価値観なのだから仕方がない。ただ、既にその頃私はレーナのファンになっていた。彼女のステージの立ち方が好きだったし、人柄も好きだった。柔軟性や若さはないものの、腕が長く、また、バレエ用語でいうコール・ド・ブラをきちんと知っていて、腕の軌道が美しいのである。また、レーナ自身ステージでの仕事が好きなのと、やはり年の功なのだろうか、彼女の踊りからは滲み出てくるものが違うのである。表情など、ショーのナンバーごとにキャラクターや雰囲気を使い分けており見てて飽きない。レーナ自身「私はダンサーじゃなくてアーティストなの。」と言っており、ダンサーほどバリバリ踊れないけれども、アクターのような要素が得意でいろいろな世界観を出せるということを言っているのだと思う。私はその要素は我々のような表現を仕事とする人間にもっとも大切な要素であると思う。

 移動のミニバスの中ではずーっと世間話をしており、しかもそれにはちゃんとオチがあり、みんながゲラゲラ笑うような話ばかりするのである。私は当時、殊更にロシア語がわからない時期であったので彼女が何について話しているのか良くわからなかったが、ジェスチャーや表情を見ているだけでもとても楽しかったのでみんなと一緒に笑っていたため、みんな私がロシア語がわかるようになってきたと勘違いしていたが、私はただ、レーナの熱弁する様子がただただ面白かっただけなのである。私が彼女の隣にいるときは、みんなに話したあと、私にシンプルな英語でもう一度話してくれ、それもまた面白いのである。そもそも、ロシア語表現は私の予想する限り、日本語の表現のように奥ゆかしい表現のように思う。従って、きっちり正確に英語に変換することはとても難しく、かなり意訳して、さらに自分の知っている限りの英単語に当てはめて伝えなければいけないので普段とは違う思考回路をわざわざ使って英作文をしなければならない。にも関わらず、レーナは目の前にいる人全員を楽しませるためにそのめんどくさい作業をめんどくさがらずにやってくれる人格者なのである。

 彼女のように、生粋のエンターテイナーは我々の業界でも少ない。みんな割の良い仕事なのでやっている感じだ。というのも、夜のショーの時間にのこのこ来て45分パフォーマンスしてのこのこ帰るというスタイルで街にもよるが、トルコでの中の上くらいの給料は稼げるのである。ましてや彼女たちの大半はウクライナから来ているので1夏トルコで働けば、冬は自分の国で働かずにのんびり住めるのである。若いときにこの仕事をして金持ちの夫を捕まえて結婚してしまうか、お金を貯めて引退後は自国でスポーツジムを開いたりする女性たちもいる。レーナは呼ばれてもいないのに毎年夏に勝手にクシャダスに来て、自分のツテを頼って仕事にあり付き、一夏自分の好きな仕事と海と男たちからおごってもらう酒を満喫し、自分の稼ぎで実母と息子、弟を呼び、シーズンが終わると自分の国へ、警察官の夫の元へ帰っていくのである。

 実はレーナはアル中だ。そんなにひどくはないが、ホテルのお客さんとお友達になるのが得意で、そのお客に頼んでバーでワインやウォッカをとってきてもらい(大体の大きいホテルはお酒、3食が込み)いつもペットボトルにそのカクテルを入れ、ちびちびちびちび飲んでいる。ただ、これはやはりグループとして酒飲んでショーをするのは良くないので、アーニャが次の年はショーの前はお酒を飲まないことを約束とし、レーナを採用するに至る。お酒が切れるとレーナはとても神経質でギスギスしてしまうため、レーナは常時ちびちび飲んでいる。

 そんなレーナは私にとって、ステージ上でも人生においても先生のような人だ。彼女の教えで今も私がことあるたびに思い出すのは「私たち女性は、パートナーの男性がタッチしてきたらたとえどんなに疲れていても、眠くても、死んでいても起きて反応しなければならない。」などという円満な男女関係についてのご教授から「観客は私たちを通して人生を見たい。感情を見たいのよ。」という、まあこれに関してはショービジネス特有のものかもしれないが、表情や演技力、バイブスの大切さを説いた言葉まで、レーナの名言は多岐に渡る。

 何より彼女は男性のプライドを傷つけずに自分の意見を述べ、ことを丸く収める能力を身につけており、ギャンギャンと自分の思い通りにしようとするアーニャを見てからレーナを見るとレーナがすごくかっこよく、非常に学ぶべきポイントが多いのである。ちなみにこの能力を身につけているウクライナ人女性、ロシア人女性はその界隈では多く、彼女たちは男性を操るのもうまい。たくさんのトルコ人男性がカモとなり彼女たちから酒やディスコ代を巻き上げられ、タクシーのように使われていたりもする。無論、体の関係に至ることも時にはあるのかもしれないが、それも含めて彼女たちは楽しんでしまっているのだからもう彼女たちの思うツボである。(ちなみに彼女たちはノーのときははっきりノーと言うか、あっさり逃げたり隠れたりしてかわし方もうまい。)このような能力は我々日本人女性も知っていても損はないと思う。いや、むしろ悪い男に捕まって貢がされるよりかは多少たしなんでおいた方が良い能力かもしれない。

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ざっとレーナについて説明いたしました。もう彼女は45歳くらいになっていると思います。今年の夏も現役でベリーダンサーやサーカスアーティストのアシスタントなどでご活躍の様子がフェイスブックから伺えます。ちなみにウィッグをつけるとまだまだいけます。次回は、私の飲み友達マリーナについて紹介したいと思います。

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dorco-siva

1991年埼玉に生まれる。大学卒業後何故か生活拠点が日本から離れていき、5年間のトルコ生活を経て現在はモルドバに停泊中。

Reviewed by
アンニ

私にもウクライナ人の友達が一人いて、彼女はウクライナのカルチャーや男女平等のなさに違和感を感じたからこそ外国で勉強することにしたが、やはりネイルとメークがいつもしっかりしており、化粧とファッションにかなり時間とお金をかける。私は朝顔を洗ってからマスカラを塗り、ほとんどの日はそれだけでおしまい。

世間話でみんなを笑わせるベテランダンサーのレーナについての投稿を読み、どこか悲しい要素も感じたのはそんな文化の違いとも関係あるかも知れない。楽しそうにしているレーナは、お酒が切れるともはや楽しくないので、ホテルのお客さんとその他の男性にカクテルをおごってもらう。人生の楽しみ方は人それぞれだから、レーナの生き方を否定するつもりはないが、男性から何かをもらうために女らしさを演じるほど息苦しいことはないと思う。

「私たち女性は、パートナーの男性がタッチしてきたらたとえどんなに疲れていても、眠くても、死んでいても起きて反応しなければならない。」このレーナのセリフも、北欧で生まれ育った私にはややショックだった。いや、それは違うとしか思えない。眠いときは寝ればいい。眠い時は寝て、化粧はしたい時だけして、男性のプライドを気にせずに自分の意見を言う。それが私にとって本当の自由だし、その生き方は男性を操ろうとするより百倍気楽に感じる。

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