人で賑わう東京のハロウィン。
今年は10月31日が平日だから、一番近い土日のタイミングでハロウィンを楽しむ人が多かったらしい。
なんだそれ、という感じもする。だってハロウィンはハロウィンの日にやるからハロウィンなのであって、云々。
けれど、人間という生き物は思った以上に適当で、勘違いや思い込みも多い生き物だ。
どんなに真剣に取り組んだところで、たとえばハロウィンというものについて及ぶ理解だって、本当はごくごく限られたものでしかないのだ。多分。
結局はノリが大切で、今日も明日も明後日も、真冬も真夏もハロウィンだっていいのかもしれない。
だって人間は誤謬だらけの、適当な生き物だから。
▼ 言葉の拡張 #4 誤謬
【 言葉 】
「言葉の拡張」では、さまざまな表現手法を行き来しながら、
言葉というものの拡張を実験的に試みていこうと思います。
第四弾は、箸休め的に「言葉」の中の表現遊びをしてみました。
Trick or Treat. 月曜日の夜、ほんの少しのトリップを。
みんな派手な衣装を着て、街もオレンジや黒に彩られ、楽しそうに賑わっている10月。
僕は今日も、一人で家路についていた。
今夜は月が綺麗だから、なんとなく機嫌も良い。一人は楽だ。大人になったんだから、一人で自由気ままに動くことができなくちゃ意味がないと僕は思う。
家に帰るといつものようにストレッチをして、お気に入りのベッドに横になる。体がフィットする位置を探して、ほっと息をついた。
手触りの良いクッションを握ったりしながら、今日のことを考える。
それなりに失敗もしたけれど、それなりに楽しく、いい一日だった。
あくびをしたところで、ふと足音がした。
「なんだ、帰ってたの」
全身真っ黒な姿の音子が、しなやかな体をゆっくり運びながら僕を見る。綺麗な目だ。
「賑やかね、外」
ちらと外に目を向ける音子につられて、僕も街の賑わいに意識を向ける。遠くで笑い声が響いているのがよく聞こえた。
「もうすぐハロウィンだからね」
「それに夜だし?」
僕の言葉の後に続いた音子の声が小さく笑っているようで、僕は今度は音子を見た。音子はゆったりとまばたいて、まどろむようにして夜を見つめる。
「夜だと、騒ぐの?」
尋ねれば、音子は「しらない」と無責任なことを言って僕のベッドに乗っかる。なんだよ、と言いながら、僕は自分がちゃんと嫌な顔をできていないことを知っていた。
音子は体のラインに馴染む黒を纏ったまま、僕ににっこりと微笑みかける。上目遣いの姿勢がずるい。甘えたり素っ気なくなったり、音子はいつも自由だ。それによく眠る。
「タケルが音子に会いたがってたよ」
「やだ、またあいつに会ったの?」
「いい奴じゃん、今日もあのお祭り騒ぎを見に行くって大通りに向かったよ」
音子が急に僕の頬をぺちんと叩く。痛いなと言おうとして、だけどその口は音子の舌によってぺろりと塞がれてしまった。
びっくりする僕に、音子はなんだか悲しそうな、切実な、逼迫した表情を見せる。初めて見る顔だった。
「だめ、あんなところに行ったら危ないよ」
止めなくちゃ、と音子は言った。さっきまでタケルのことをあいつと呼んでいたくせに、と思ったけれど、僕はその言葉を飲み込んで首を傾ける。
「どうしたのさ。別に平気だよ、タケルだって大人なんだし」
「ダメだよ。今日は人がいっぱいいるの。踏み潰されて死んじゃうよ」
「そんな」
「本当に危ないのよ。だってこの前、ミカも死んじゃったもの」
僕は絶句した。ミカが死んだ? あのまん丸の目をした可愛いミカが?
「どうしよう。タケル、助けに行こうか」
「ダメだよ」
「どうして」
「わたしたちだって踏み潰されて死んじゃうでしょ」
「そんな」
音子は、今度はやさしく僕の鼻先を舐め、耳のあたりを甘く噛んだ。
「だって、わたしたちは猫なんだから」
===
じょじゅつ‐とりっく【叙述トリック】
叙述トリックとは、ある事柄や一部の描写をあえて伏せることによって、読者に事実を誤認させるテクニックのこと。
わたしたち人間は、いつも無意識に言葉から「想像」をして理解をしている。