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2F/当番ノート

明日の陽

当番ノート 第49期


あなたは静かにそこに立ち

入れ替わる季節を眺めている

失うべきではなかったものをあなたの口に詰め込んだら破裂する静けさの中、あなたはわたしに背を向けてただひとりで生きている。(ように見えた、とても。けれどそれは間違いでもあった。)

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透けた日差しから明日が始まり

日々が少しずつ積み重なって綴られていく

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花束をください。両手たくさんの

持ち合わせなかった温もりを

あなたがわたしへわたしがあなたへ

注ぎ合う循環し合う

地面に落ちた花弁はぐしゃぐしゃに踏みつぶされ異臭を放ちながら栄養分になる

最後を美しいと信じ得ない心のまま

どうかあなただけは

うつくしくやさしいものだけを食べて生きていけますように。

見えなかった傷口を互いに擦り合わせても

あらたな明日が生まれますように。

幸いを書くことのできないわたしをどうかこの先も殺さないでください。

昇った朝日に安堵して泣くのをやめた

日差しはあなたそのものだから。

絵本の世界のように現実も優しいものだけで囲まれていると信じていたのはいつまでだったでしょうか。

雪の晩、黒猫を家に招き入れたお爺さんには沢山の幸福が訪れ、人魚姫は王子様を殺さなかったかわりに天使になり、親指姫は自分を大切にしてくれる王子様に出会い、シンデレラはその心の美しさとガラスの靴で幸せを掴み、金色の王子は燕と共に身を削って人々に幸福を与え、小さな女の子を救った無口な少女は星になって大切に思い出される。

現実の世界でもそういった無償の優しさや柔らかさをもった人がいるのだと疑わなかったころがきっとあった。それを否定するようになったのはいつからだろう。

無償の優しさは気づかれないことの方が多いし、わたしは無意識にも意識的にも人をたくさん傷つけた。

賢く生きなさい。ということは、自分の利益のための最善をつくしなさい。ということだった。それによって誰かが傷つくことがあろうとも。

2ヶ月間書かせていただいた連載も本日が最後です。読み返してみると、お恥ずかしいものばかり書いてきたように思います。

誰かを救えるほどわたしは素晴らしい人間ではないし、人に誇れるものもなにもありません。それでも、拙くとも伝わらなくとも書きたいと思えることはわたしの幸いだと思います。

絵本の世界のように現実は終わらない。

遠い世界のめでたしめでたしやハッピーエンドが毎日続いていくわけではない。

それでも、せめて身近にいる人が幸いをたくさん感じる世界で生きていますように。しなくてもいい苦労や不幸をしませんように。

2ヶ月間レビューを書いてくださったれいこさん、本当にありがとうございます。そして、連載をしたいという申し出を快く受け止めてくださったアパートメントの皆様、これを読んでくださっている方々、ありがとうございます。

物語が始まろうとも終わろうとも、幸いがたくさんありますように。

よい春をお迎えください。

宇禰 日和

宇禰 日和

春生まれ。
10代で写真家の作品モデルを経験し、その後も様々な作家のモデルを務める。詩を書く。

Reviewed by
Leiko Dairokuno

宇禰さんの詩、今週で最終回です。あっという間の二ヶ月でした。

彼女の文章は、宝石のインクリュージョンのよう。
サファイアにも水晶にも、どんな石にも含まれている模様のような内包物。それは雲のようだったり、虹のようだったり、泡のようだったり、針のようだったり。それが石の魅力となり、石を唯一無二たらしめる。
不純物ゼロのガラス玉なんかじゃない、痛くて甘い想いを内包した宇禰さんの言葉は、真に迫ってくる。

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明日のことを想って暮らせるというのは幸せなことなのだと信じたい。
もちろん怯えや不安が募るばかりの夜もある。何かを無くした夜もある。
それでも。

喪失は、何かが消えて無くなることではなく、何かが消えた事実を抱えて生きていくことだ。
物事の始まりから積み重ね、その終わりまでを、私は、なかったことにしたくない。
出来事のあまりの残酷さに、生存本能として記憶が抹消されてしまうことはあるけれども、意識的に過去を消すことはしたくない。

始まりから終わりまでの間に、ひとかけらでも美しさがあったなら。やさしさがあったなら。想いや行為の循環があったのならば。
それは、あなたを、私を、豊かにする。
どうか、手放さないで。

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宇禰さん。二ヶ月間、お疲れ様でした。また、詩の世界で出逢えるのを愉しみに。

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