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2F/当番ノート

2019年のコロニー

当番ノート 第49期

君が跡形もなく居なくなった生活はかなしさよりも日常の坂道を転がり続けることだった。損失、そこなう、底無しの幸福のコロニーの中、朝日で部屋に浮かぶ薄い埃たちが輝いてスローモーションのスノードームのように。

幸福の象徴は波風のない日々が続くこと


愛してるって偶像の中、幾度も輪郭を確かめて、君の鼻のかたち、唇の縁取り、37度程度の体温、孕めたかなしみはありもしないもの

鬼さんこちら、手の鳴る方へ

囃し立てながら焦る、色彩をなくした真っ暗な映画のエンドロール、真っ先に主演君の名前、その次に特別感謝人類功労賞君のご両親の名前、最後に総監督わたしの名前、すべてに終わりがあるって転がり続けて、わたしはいつか未来永劫君の存在を君の記憶を君の傷痕を忘れるでしょうか。この世に君が居たという生命の美しさ、何者でもない確かな君と何者でもない空洞のわたし、ソーダ水にありもしない君の味を探す、作られた豊かな色彩の新たな切口

『もう好きじゃないんだ。』

嘘のない真実によって恋は終焉した。君がいなくなった毎日の方が現実であり、真実であり、よろこびであった。君は今わたしを無くした幸福を愛してる。

はじめまして。宇禰日和です。

これから二カ月間、『あなた』と『わたし』の恋愛詩をテーマに詩とちょっとした文章(多分気の利いたことは何ひとつ書けません。ごめんなさい。)をこちらで書かせていただきます。アパートメントという空間がとても好きなので、とても緊張していて、そわそわ落ち着きない気持ちです。動物園にいる、ご飯前に檻の中を歩き回る彼らに親しみを抱く、いや、もしかしたら彼らこそがわたしなのかもしれない、そんなそわそわ感です。

恋を初めてした日のことも、初めて愛された日のことも、もう覚えていません。それでも、これまでたくさんのなにかを経験し傷つけ押し殺してきた。それはもしかしたら世間では恋愛とは名付けないものかもしれません。人類がなぜ同じ言葉を話すのか、明確な理由をわたしは知りません。けれど、目には見えない肉体で触れることのできない物体、感情や、記憶や思い、の存在を確かなものに近づけるために言葉が共通のツールとしてあるのではないかと思います。

ひととひとが寸分狂わず分かり合うことが不可能だからこそ、名前のないものを、記憶を、経験を、物語を、存在する不確かなものを、言語化する。

そんなふうに思いながら詩を書いています。

これを書いている今日はまだぎりぎり一月ですが、先日は桜が咲いているのかと勘違いしてしまうほどの暖かさでした。薄手のブルーのトレンチコートに白のブラウス、テロテロのサーモンピンクのスカートで外出したところ、夕暮れ、陽が落ちたとたん凍えるように寒くなり、この急激な気温変化は恋愛に似ているな。などと思いながら歩きました。

本物の桜が咲く日まで、風邪をひくことなく、心身ともに健康でいましょう。


宇禰 日和

宇禰 日和

春生まれ。
10代で写真家の作品モデルを経験し、その後も様々な作家のモデルを務める。詩を書く。

Reviewed by
Leiko Dairokuno

幸福は世界を鮮やかに彩るけれども、哀しみは感覚を研ぎ澄ます。
切実さと諦めの中、知覚される世界の美しさに、はっとさせられる。

言葉を紡ぐとは、世界の解像度を上げていくことだ。見たくない醜さも、気づかなかった美しさも。善意も悪意もありのまま受け止めて、傷だらけになりながら世界を開拓していく作業だ。
宇禰さんの文章を読んでいると、その切実さに、果敢さに、勇気づけられる。

宇禰さんの恋愛詩は心して読まなければならない。うっかりすると「あの頃」がくっきりと蘇ってしまうから。きっと誰もが生きたことのある、あの鮮烈な時間。不意打ちの引力で連れ戻されてしまう。

あの頃。
あなたといる時、輪郭は意味を失った。
あなたの鎖骨と私の頬骨の形がぴったりと合うことは、自然で健やかなことで、いつ二人の輪郭が溶けだして一つになっても不思議ではなかった。お互いが異なる生き物だなんて信じられなかった。

けれども結局、私たちは他者であり、比翼の鳥ではなかったので、恋を失っても世界は回った。想いと時間を咀嚼しては過去にしていく作業が、世界を哀しくしたし、美しくした。

いま、私たちは大人になり、恋の始まりも終わりも知っているので、無防備だった「あの頃」から上手に距離を取ることを覚えてしまった。きちんと生活できるように。
にも関わらず、宇禰さんはわざわざ「あの頃」に手を伸ばして、改めて対峙する。過去も現在も未来も、解像度を上げていく。なんて果敢なのだろうと思う。

宇禰さんは、心の一番やわらかいところを惜しげも無く晒してくれる。
傷つくことを恐れる人は、言葉を紡げないのだろう。

これから二ヶ月、宇禰さんの冒険に、どきどきしながらついていきます。

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