「あ、この歌なつかしい」
不意に流れた『葛飾ラプソディー』を聴いて、なんちゃんとひとみちゃんがその続きを口ずさんでいる。
普段はお客さんに勧めていただいた『ハンバートハンバート』が流れるゆるやかな店内。平日に何かの拍子で久しぶりに聴いていたこの歌が、土曜日に何かの間違いで紛れ込んでいた。
「いい歌だよね」
店内にいた他の同世代もうなずいている。子どもの頃の夕食時に、テレビで流れていた国民的アニメの歌。どこか牧歌的で、前を向いていて、でも寂しげで。
あの頃は好きな番組を楽しみに一週間を過ごし、番組が終わればまた日常に帰っていくような、そんな感覚があった気がする。決まった時間には、家族とテレビの前にいたはずだ、あまり覚えてないけれど。
そんな感覚にも近いのだろうか、なんちゃんとひとみちゃんが土曜日に来てくれるようになって、もう3年も経とうとしている。黄色い旗を見つけてふらりと来てくれたなんちゃんが、ひとみちゃんを連れてきてくれた。
一週間に一度、土曜日に挨拶を交わして、また日常へと帰っていく。いつまでも変わらないでいてくれる、2人こそが僕たちにとっての土曜日なのかも。
「いい歌だよ」
『葛飾ラプソディー』は、変わらない日常や風景の大切さを描いた歌、だと思う。
そしてどういう訳か、最近この歌がしみじみと沁みる。
勢いで何とかなっていた20代と違って、30代になると思う通りに人生が進んでいかないこともある。描いていた人生のようにはならないことも、年を取るだけ増えてくる。
変わらない自分を守りたいと思う反面で、変わり続けることを求められるこの時代。子どもだった頃の世界と比べて、ぐるぐると目まぐるしく変化が繰り返されていく。
自分のままで、他の誰とも比べずに。変わらないでいるだけでも良かったはずなのに。変わらないでいることすら難しくなってしまった。
変わらない歌と昔の記憶が、そんなことを思わせる。
「逗子の街も、だいぶ変わっちゃったからね」
そしてそれは自分たちだけではない。この街もそうだ。時代の波には逆らえず、マンションや駐車場が街のあちこちに増えていく。
この街に引っ越してきた時に元気だった、あのおもちゃ屋も、あの八百屋も、あのご飯屋さんも、今はもう無い。街の個性そのものだった個人経営店のいくつかは、その光を失ってしまった。
「昔ながらの商店とか個性的な飲食店があるのも、この街の良いところだよね」
いつでも優しく懐かしく受け入れてくれた、自分の街の風景。
街がコンクリートに覆い尽くされてしまうと、どの街も同じに見えてきてしまう。自分たちがこの街での暮らしを選ぶのには、やっぱり大好きな街の風景が必要だ。
変わらないでいてほしいと願い続けているものが、いとも簡単に変わってしまう。そんな現実を前に、自分たちに出来ることは何だろうと考えている。
「それじゃあバレー行ってくるね」
「よい土曜日を。」
「じゃあまたね」
なんちゃんとひとみちゃんは、毎週欠かさないバレーボールの練習に向かった。二人の後ろ姿が、夕焼けが照らす街の中へと溶けていく。
変わり続ける街の風景の中で、自分たちに出来ることは何だろう。
何が正解かなんて分からないけれど、誰かの帰って来ることができる場所であり続けるために。
アンドサタデーは、ずっと変わらずこのままでいよう。
外に掛けた黄色い旗をしまいながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
『葛飾ラプソディー』を口ずさんで、また一週間を生きていく。
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自分たちに出来ることは何だろう。こんな時代に、アンドサタデーではひとつのプロジェクトを進めている。
それが、「逗子葉山よむ料理店」。
編集社である自分たちが、今まさに大変な思いをされている街の料理店のために、何ができるのか。変わらずに街の顔でいてもらうために、これが今できる応援の一つの形と考えている。
家にいながら、まずは料理店の記事を読んで横顔を知り、次に料理店自慢のレシピを応援の気持ちを込めて買うことで、少しでも支えになれるように力を集める仕組み。
料理店で食事をしなくても、料理店を読むことで美味しく応援できるという編集をしていく。
集まった応援のお気持ち全てはもちろん料理店にお渡しする。ひとつひとつ取材してまでなぜそれを自分たちがやるのかと言えば、街に変わらないでいてほしいから。結局それだけでしかないのだ。
逗子と葉山の方に限らず、ぜひこの街の自慢の料理店について、読んでみてください。