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2F/当番ノート

ひとつ屋根の下で暮らす、常連の男の話:ある土曜日のこと04

当番ノート 第50期

「こんにちは」

逗子の春は、潮風が桜色をして街を舞っている。そんないつかの土曜日も、ずけずけと店内に入ってくる一人の男。

顔見知りの仲間たちと挨拶を交わし、渋い顔をしてどっしりと席に腰掛けくつろぐ。

いつものように、お冷やを男の前に置いた。

その大きな態度に比べると決して大柄という訳では無いが、どこか只者では無い空気感を纏っている。ビール腹のようにも見える膨らんだお腹、日頃から羽振り良く美味しいものばかり食べているに違いない。

「何か飲むかい?」

一緒に連れて来た20代の若い女性に、紳士の振る舞いで聞いている。随分と親しげな様子で、体を寄せ合い仲睦まじい。

パーマをかけているのか、肩まで伸ばした髪の毛先を無造作に遊ばせている。


この男とはじめて出会ったのが2年半前。その時はほとんど口も聞いてくれなかった。単に口数が少ないというだけなのか、はたまた嫌われているのか。

そこから少しずつ心を開いてくれたのか、最近では言葉を交わせるくらいの関係性にはなってきている。やっと。

よくよく聞くと、実は3年前にもお店に来てくれたと言うのだが、その時はこのふてぶてしい顔を見た記憶をどうしても思い出すことができない。


そしてどういう訳か、この男と今、一緒の家に暮らしている。

僕たちが新しい家を探している時に、ちょうどこの男の家も更新のタイミングだった。そんな話で店内が盛り上がり、気が付けば隣にいたなんちゃんひとみちゃんが庭付き戸建ての物件を見つけてきて、あれよあれよと暮らしをシェアすることが決まった。

暮らす家という大きな決断すら、そんなゆるさで決まってしまう。土曜日っぽいし、逗子っぽい。この街に流れる空気が、人をおおらかにしてくれる。

それから始まった、始まってしまったのが、この男との同棲生活である。

とにかくこの男、デリカシーのかけらも無いのだ。

気が付くと勝手にうちの部屋でパソコンを触っていることもあるし、風呂上がりには服も着ずに本を読んでいる。

「時には〜」

昼も夜も関係なく、King Gnuの「白日」や、星野源の「くせのうた」を、大声で歌っている。

ギターが趣味で2年も練習を続けていて、その腕前をこれ見よがしに披露してくることもある。


一体どんな親の元に育ったら、こんなに図々しい男に育つのか。親の顔が見てみたい。




いや、そうだ、その親も一緒に暮らしてるんだった。

この男は、ようくん、2歳とちょっと。彼と彼の両親と僕たち、5人で奇妙な共同生活をしている。

最初にお店に来てくれた3年前には、まだお腹の中だった。今やお店に来るたびに、馴染みのみんなに愛想を振りまく人気者。

ミュージシャンの田島貴男を崇拝し、ギターを搔き鳴らす。何よりも食べることが好きで、「〇〇かい?」が口癖で。

本能のままに生きている感じが、大人になって人を気にしすぎる自分に、いやいやお前はそうじゃないだろと教えてくれる。

美味しいものを食べて、ぐっすり寝て、みんなで楽しく笑っていられれば、それで良いんだ。

彼と触れている時間は土曜日的というか、忙しい日常の中でふと力を抜く瞬間をつくることの大切さを感じさせてくれる。

一緒にラジオ体操をしたり、絵本を読んだり、そんな何気無い時間が、今の自分たちにはありがたい。

彼が大きくなる頃には、一緒に暮らしていたことなど忘れてしまうだろう。写真を見て、謎の2人がいる、変な感じ。


いつか無くなるこの時間。だからせめて、ここに書き残しておこう。

なかなか楽しかったよ。

もうしばらく、よろしくね。

kengo.shoji

kengo.shoji

逗子・葉山を拠点に活動している夫婦が営む編集社「アンドサタデー」共同代表。土曜日のようにゆるやかなイラストレーション、写真、デザイン、場づくりという表現を通した編集で、誰かの想いを叶えるお手伝いをしたり、自分たちの想いを形にしています。土曜日だけ開店する「アンドサタデー珈琲店」に、ぜひ遊びに来てください。

Reviewed by
ヨシモトモモエ

逗子の、土曜日だけの珈琲店。どこか只者ではない雰囲気だという、”常連の男”。読めば読むほど物騒な気配と、意外な事実に頰が緩んでいく。

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