「突然すみません、台中の珈琲フェスティバルに出ませんか?」
アンドサタデーを始めて半年ほどのある日、一通のメッセージが海の向こうから届いた。
これは新手の詐欺だ。そうに違いない。
なぜって、当時メディアにも出た事はなかったし、錚々たる日本の珈琲店を差し置いて、海の街の小さな珈琲店に声が掛かることなんてないはずだから。
逗子の街でもまだまだ知られてないのに、どうして台湾の人が知ってくれているのか。
「もちろん出店料はいただきません。売り上げは全てお持ち帰りください。」
そんな都合の良い話があるはずがない。
そもそも台中って台湾のどこなのか。そこから分からない。
賑やかなお祭りに胸躍らせ飛行機と電車を乗り継ぎ、着いた先には野原しかなくて途方に暮れる。そんなやつだろう。
ネットで情報を探しても、どんなイベントなのか全貌が見えて来ないのだ。
「今回が初開催なんです」
いや今回も開催されないのだろう。ほらもう、詐欺のそれじゃないか。
しかし、騙されやすいのがアンドサタデー。次の日には台湾のガイドブックを本屋に買いに走っていた。
台湾もずっと行きたかったし、休暇ついでに行ってみよう。
珈琲豆の入った袋を電車に置き忘れる、タピオカに並び電車を乗り過ごすという、何をしに来たのか分からないような珍道中を経て、着いた先で見た景色は今でも忘れられない。
たくさんの人、台湾や日本の素敵な珈琲店、作家さん。
色とりどりの珈琲の香りに、心地よい音楽が重なり合う。
柔らかい光の中で、言葉の壁を超えて珈琲でつながり合う牧歌的なその時間は、とても幸せなものだった。
日本を好きな方も多くて気さくに話しかけてくれて、自分たちの珈琲やデザイン、イラストを好きだと言ってくれることが嬉しかった。
その日から、主催の本日製作社のご夫婦は僕たちの憧れとなり、今でもその背中を追いかけている。
SNS等での発信を見てお誘いいただいたということだったが、このご縁から1年に2回は台湾に行くほど好きになり、イベントやポップアップで台湾との交流が続くようになった。
中でも台中は、台北ほど都会でないし、台南ほど田舎でもない。大トロでもなく赤身でもない、中トロみたいな良さがある。
アートや珈琲のカルチャーが今まさに盛り上がっていて、自然も豊かで、とても肌が合うのだ。
なんでこんなに台湾、台中に心惹かれるんだろう。
そうだ、きっと、かなり土曜日っぽいのだ。
忙しくても朝ご飯は街に食べに出る文化や、夜11時を過ぎてもカフェで珈琲を友人と飲んでいる風景。
時間も仕事も捉え方が軽やかで、縛られることをあまりしない。
街並みもどこか懐かしくて、少し前の日本にいるような感覚。
平日の昼間から道端で、20個くらいの小籠包を食べるタンクトップのおじさん。
いつまで待っても出てこない、夜市の味の濃いフライドチキン。
アートやカルチャーもどこかゆるやかで、可愛くレトロで自分たちが目指すところと重なる。
そして日本人以上の親切心。
はじめての台中でのイベントの時に、付きっきりでサポートしてくれた、アリスという子がいる。彼女の案内が無かったら、こんなに台湾を好きになることは無かっただろう。
そんな彼女が台中につくった、「TokuToku」というお店がある。
台湾の中で日本の文化に触れて、日本語を話す、そんな場をつくりたかったとアリスは話す。お酒をつぐ時の「トクトク」、日本語をみんなで話したいという「トークトーク」。
このお店の、人が入ることで空間が完成する感じ、誰でも思い思いに時間を過ごせる設計、暖色系の色合い、流れる空気のゆっくりさ、通り抜けていく風、その中で飲む抹茶。
とにかく全てが最高なのだ。
「TokuToku」は贔屓目無しに、僕たちにとって世界で一番好きなお店だ。こんな風な場所を逗子につくることが、今の自分たちの一つの目標となっている。
そしてアリスがしてくれたように、たくさんの人に逗子や葉山を案内して、この街を好きな人が一人でも増えたらと思う。
色々と落ち着いたら、きっとそういう場や役割が必要な時代が、また来るはずだから。
皆さんも台湾に行った際には、ぜひ台中に、そしてぜひ「TokuToku」に行ってみてほしい。台中を好きになる理由は、全部そこに詰まっているから。
ということが言いたいだけの文章でした。