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2F/当番ノート

あのね、あのね、

当番ノート 第55期

雷がすごかったね、お気に入りのスニーカを洗ったんだ、久しぶりに歌をたくさん歌ったんだ、あのねあのね、と息ができなくなるくらいに言葉を次々と発してたらしい少女の自分。その様子をおばあちゃんが笑い皺を作りながら言っていたことを思い出しながら絵の方向がどんどんわからなくなった。

たった7日間、ずいぶんと思ったことがあって、ここで手紙のように伝えたかったんだと思う。もっとわかりやすくまとめなきゃと慌てる。でもまとめる必要なんてあるのかな、わたしはばらばらだからきっと何かを作っているのに。手の止めどきがわからない絵も、やめどきが分からないおしゃべりも、静かでいたい時間も、きっと成分はおんなじなんだと思う。

マスブチ ミナコ

マスブチ ミナコ

現代アーティスト。生きづらい自分が死を選ばないような工夫をや思考を重ねて、過去も含めた人生を作り直しています。自分の欲しいものは世界のどこにもないので自分で作ると決めました。

幼い頃から好奇心が強く、やりたいことが次から次へと増えていました。覚えている限り最初に抱いた夢は「ピアニストと獣医師(兼業)」。蓋を開けてみると、Webデザイナー、イラストレーターなど興味を持てばとにかくやってみるようになり、見たことのない景色を見るために「深める」「広げる」にこだわらず波乗りできるアーティストに転向しました。

Reviewed by
かみはら えみ

働くわたしは今日も、道の整備をする。
大きな文字で、簡潔にまとめて、看板を立てる。そうそう、目立つように、飽きないように写真も忘れず添えてね。最近は監視の目も厳しいから、どなたがいらしても、恥ずかしくないように、正しく表記しなくちゃね。
「こちら、貴殿のお求めの海があるところです。ええ、ええ。おっしゃる通りの色ですよ。ひとしきり泳ぎ終わりましたら、次はまた別の場所にお連れします。道案内をつけてありますので、問題ございません。じっくりと見渡して、味わって、ご検討ください。」

分かりやすい海になったものだ。
ここは浅瀬だよ、あたたかいよ。でも、あっちの方は、かっこいいウェアをきっちり着て行かないと、ちょっと白い目で見られるかも。そうか、念のため救命具と、ゴーグルをつけて行こう。なになに?この道を左に行って真っ直ぐ出ればヨシ、か。
そこもかしこも、たどり着きやすいよう整備され、とっても親切に見通しがよくなったものだ。大勢の人たちが訪れる海だから、きっとそうある“べき”なのだろう。
“ちゃんと”追いついていかなきゃ。もっと真似して、分かりやすくしなくっちゃ、わたしなんて、あっという間に食いっぱぐれてしまうかも。

……でも、わたしは知っている。
ひっそりとしていて、“そのまま”で、ちょっと苔っぽいけれど、うつくしい水のあるところを。そこは、マスブチさんが創った色に、ちょっぴり似ているかもしれないですね。誰のことも拒まず、誰のことも追わない。そうゆう場所を、大切にしたい。「ああ…やっぱり、きれいだなあ」と、振り返りに訪れたい。どうかどうか、忘れずにいて。
そう言い聞かせ、わたしは今夜も明日も、看板を、道案内を、こしらえるのだ。

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