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2F/当番ノート

膨らみ切ったパンみたいに

当番ノート 第55期

「たくさんある!」と喜んで食べ始めたものは気がついたらすぐ「もうこんだけしかない…」となる。いつもいつもそうだ。絵と言葉を繰り返しボンドやら何やらでくっつけたり離したりした日々も終わってしまう。膨らんだパンは、型の中で「形通り」になってしまう。もっと膨らみたくても、行き先がない。

「何か」の中でしかものをつくれない区切りがあるから「終わる」こともできるのだけど、たとえばサグラダファミリアみたいに、生きている間に完成しないと分かっていながら作りたい気持ちにもなるのかもしれない。とか、色々と考えたことが多すぎて、やたら時間がかかった。「完成」は必要だけど、いつもどうしても終わってしまうことが寂しくて、それこそ少しパンでもかじりたいなあ。

マスブチ ミナコ

マスブチ ミナコ

現代アーティスト。生きづらい自分が死を選ばないような工夫をや思考を重ねて、過去も含めた人生を作り直しています。自分の欲しいものは世界のどこにもないので自分で作ると決めました。

幼い頃から好奇心が強く、やりたいことが次から次へと増えていました。覚えている限り最初に抱いた夢は「ピアニストと獣医師(兼業)」。蓋を開けてみると、Webデザイナー、イラストレーターなど興味を持てばとにかくやってみるようになり、見たことのない景色を見るために「深める」「広げる」にこだわらず波乗りできるアーティストに転向しました。

Reviewed by
かみはら えみ

コップに入れたジュースを、こぼしてしまった。
とっさに抑えたコップには、ほとんど中身が残っていなくて、わたしは「ああ…もっと飲みたかったのに」と、ぼやいた。ベタベタになった机を、母に睨まれながら拭いていると、同じリビングにいた父が「そういうときは、“まだ少し残ってるじゃん! ラッキー! ”って思うようにするんだよ。その方がいいじゃん」と、いつものふにゃふにゃした笑顔で、ちょっと偉そうに教えてくれた。

幼い頃は、父のいっている意味が分からなかったけれど、今なら分かる。
わたしは父によく似てしまったから。

買い物終わりの「そろそろ帰ろうか」、
ドラマの最終回をみるとき、
寝る前にみていた動画をポチッと消される瞬間、
夕焼け空が夜空に変わるとき、
桜に青い葉っぱがつきはじめる時期、

わたしは、いちいち胸をキュッとさせてしまう。
でも父が貸してくれた、誰かのスゴい本に書いてあったのであろう『コップと中身の話』は、大抵わたしのことを助けてはくれない。こぼしてしまったものは戻せない。そして、残りわずかになってしまったものを寂しいと思う気持ちも、自分から上手に切り離せない。そういう人間なのだ、わたしは。

少し心が軋むけど、その痛みごとグッと飲み干し、底の向こう側をみてみようか。
「寂しいな、」と。どこかで同じ気持ちを抱きながら、コップの底を覗こうとしている人が、もし他にもいてくれるとしたら…それはとても嬉しいことだな。

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