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2F/当番ノート

自分と和解すること

当番ノート 第56期


モネは、私が手をひらひらさせるといつも嬉しそうにしっぽを振り、手の下にやってくる。そのまま腰やお尻、首を撫でていると、体をくねくねさせ、猫のように私の足に体を擦り付けてくる。いい子、いい子、可愛いね、と言いながら、座り込んで背中を撫でてやると、モネは私に背中を向けて足の間に座りこみ、背中のマッサージを要求する。そのまま念入りに首から背中にかけて、皮膚を軽くつまむように撫でてあげていると、目をとろんとさせ実に気持ちがよさそうだ。こうやって撫でてもらうことが大好きなモネだが、実は小さい頃は触ることさえ困難だった。

モネは4年前、生後3カ月で家に来た。子犬というものは無邪気で、好奇心旺盛で、いつもコロコロと人の周りで遊んでいる、そんなイメージが私にはあったのだが、モネはそのイメージを完全に覆す犬だった。まず、触られることを異様に嫌がるのだ。たまたま手が背中に軽く当たっただけでも、びっくりしたような顔をして手に噛みついた。ハーネスを付けるとかブラッシングをかけるとか、毎日のお世話に必要なことも手に噛みついてくるせいでとても時間がかかった。一緒に機嫌よくボールで遊んでいる時でさえ、急にスイッチが入ったように手に飛びついてきて、噛んだまま私の手を振り回した。子犬の小さい歯と言えども、鋭くとがった歯で噛まれると、手の皮がむけて血がにじむ。当時通っていたしつけ教室のトレーナーさんには、とにかく大きな声で怖い顔をして叱るように言われたのだが、大声で叱れば叱るほど、モネの目はどんどん吊り上がり、歯を私の手に食い込ませた。血がにじんだ手に沢山の絆創膏を貼って過ごす毎日だった。

モネを迎えて1か月位が過ぎたころ、私が点滴から帰って家の扉を開けた瞬間、「ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん!!!!」と耳をつんざくような声が突風のように押し寄せた。ぎょっとしてリビングに走っていくと、モネはケージの中で、狂ったようにジャンプしながら鳴きわめき、床には踏みつぶした便が散乱していた。この日からモネの分離不安が始まった。私がゴミ出しに行くとか、近くのコンビニに行くとかのほんの一瞬の時間でも、鳴きわめきながらそこら中に糞や尿をまき散らす。点滴から帰ってぐったりした体でタオルを絞り、毎回、糞尿まみれになったモネの体を拭いて、汚れたケージを掃除した。ある日モネの体をタオルで拭っていると、何とか踏ん張って耐えていた心が決壊してしまい、今度は私がギャンギャン泣いていた。私がいくら頑張ってお世話をしても、毎日噛んだり、分離不安になったり、これから一体どうすればいいのか分からなかった。楽しい子犬との生活を期待して迎えたのに、現実は正反対だった。

その後もトレーナーさんに言われたように、心を鬼にしてモネに叱って教えていたものの、明らかにモネの噛み癖や分離不安は悪化しているようだった。「犬 分離不安」「犬 噛む」、沢山のワードで検索し色んなサイトを毎日読み漁り、何かいい方法が無いかと模索していた時、あるトレーナーさんのブログにたどり着いた。そのブログには今まで習ったことと正反対のことが書いてあった。「犬を叱ってはいけません」。「犬にとって好きなものを沢山作ってください」。「心の安心のタンクを満杯にしてあげてください」。これだ!と思った私は、すぐにそのトレーナーさんに連絡し、モネの問題行動について相談した。そしてその日から、モネを育て治すことを決心した。まず最初に「叱る」という行為をやめた。また、モネにとって好きなものを増やす取り組みも開始した。特にやったのは名前を好きにする取り組みだ。「モネ」と呼びながらおやつをちぎってあげる。これを何回も何回も、家や、公園や、とにかく色んな場所でやった。暫くすると、「モネ」という声を聞いただけで、すぐに期待のまなざしでこちらに顔を向けてくれるようになった。おやつと同時に名前を呼ぶことで、名前そのものが好きになったのだ。私の手も好きになって欲しかったから、手を近づけてそれと同時におやつをあげる行為を何度も繰り返し、それに慣れてきたらほんの少し体に触れておやつ、またそれにも慣れてきたら体に手をくっつけておやつをあげる、ということを何度も何度も繰り返した。暫くするとあんなに手が嫌いだったモネは、私が手を差し出したら自分から体を寄せてくるようになった。ふわふわした柔らかい毛布を買ってあげたら、かなり気に入ったようで毛布の上で丸くなって休むようになった。今までのトレーナーさんには犬がお座りとか、伏せとか、行為をしたら報酬としておやつをあげるように言われていたけれど、ただ毛布で休んでいる時にも「いいこだね」「えらいね」と褒めておやつをあげた。分離不安なモネにとって、ただ一人で休んでいるということも好きになって欲しかったからだ。家にいる間はほぼモネに付きっ切りで、沢山のおもちゃで遊んであげたり(この時、興奮しすぎると噛みだすので、余り興奮させないように気を付けた)、おやつを使ってお手入れの練習をしたり、点滴に行く以外の時間は殆どモネに捧げていた。

「叱ることをやめて、モネ君の好きなものが増えていくうちに、だんだん飼い主さん自身がモネ君にとっての一番の「好き」になることができるんですよ」と、トレーナーさんに教えてもらった。モネは徐々にどこを触っても噛まなくなり、困っていた分離不安も良くなって、私が出かけるため服を着替えていると、自分からケージに入っていくようになった。帰ってケージを開けるとゆっくり伸びをして、大きなあくびをし、私に擦り寄って来る。そのままゴローンとお腹を見せてくるモネと、帰宅時のなでなでタイムを満喫する。今思い返してみたら、モネが小さい頃、私はモネと戦っていた。あんなに小さくて不安げなモネをどうにかしようと、すごい怖い顔で怒ってた。さぞかしモネは毎日不安で仕方なかっただろうと、今書いていて申し訳ない気持ちになる。そこから方向転換し、モネと今やっと和解できた。膝の上ですやすや寝ているモネを見ると、心の中のざわざわした波が次第に穏やかになっていくのがわかる。病気と上手く付き合うということも、モネとの付き合いと似ているのではないだろうか。病気でどうにもならない体を叱りつけ何とかしようとあがいても、私の体は余計に具合が悪くなり、しまいに不安が私を覆いだす。しかし最近、オンラインで人と話したり、こうやって文章を書いたり、以前より沢山好きなものが増えた。すると楽しみが充電できて、不安に覆われることも少なくなった。一見遠回りに見えるかもしれないけど、自分で自分を叱らない、自分の好きなことを沢山用意してあげる取り組みをコツコツ積み重ねていくことにより、私が私自身と和解して生きることにつながるのではないだろうか。

久里子

久里子

1985年生まれ。線維筋痛症、慢性疲労症候群を患って12年目。
昨年から一人で当事者研究をしながら物書きをしています。
プロテスタントのクリスチャン。
動物と植物が好き。
いつか書く仕事がしたい人。

Reviewed by
Maysa Tomikawa

犬のトレーニングの仕方、トレーナーごとに言うことが全然違うってことがあるんだなあ。でも、当たり前といえばそうだよな、とも。自己啓発本に書いてあることだって、そうだもの。自分に合うものがあれば、まったく合わないものもある。人との付き合い方も、自分自身との付き合い方も、それこそ愛犬との付き合い方でさえ、まったく違って当たり前なんだよね、と冷静に思う。

犬は、人間よりもずっとずっと、人間の気持ちを深く感じることができると私は思っている。だからなのかな、モネちゃんが子どものときは、久里子さんの葛藤がわかって、不安だったのかもしれない。好きなことにフォーカスする向き合い方にして、モネちゃんとの関わり方も変わって、久里子さん自身も少しずつ変わっていったんかな。ふたりが、一緒に少しずつ変わって、新しい関係をつくっていったんだなと思うと、なんだか心があったかくなる。

あと、名前自体を好きになることって、やっぱりすごく大事なことなんだって、はっとする。名前は、自分だけのものだから。呼ばれて一番嬉しいものだから。名前を好きになるようなトレーニングをすることは、とても理にかなっていると思う。自分との和解は、好きを増やすこと、好きを育てることに他ならないけれど、名前を好きになることは、その最初の一歩になるのかもしれない。

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