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2F/当番ノート

虚無のドア

当番ノート 第61期

わたしが初めてこの新居での「ふしぎな現象」として思い当たったのは、本当に微かな、微かな違和感だった。

部屋を掃除したり、食器を洗ったり、洗濯物を干したり、携帯を触ったり、漫画を読んだり。そんな作業をしている最中、自分の意識とは全く関係なく「五十音」が口から溢れる。掃除をしてる途中に「ぱ」とか、携帯を触っているときに「む」とか。そんな一音だけが無意識に口から出ている。なんて変な癖が付いてしまったんだ、と苦笑した。

本当にただの思いつきだった。「この五十音を繋げていって、なにか単語になったら面白いな」、そう思ってある日、メモを取り始めた。

メモに口から出た文字を書き連ねる。

「し」

「に」

「た」

わたしはそこでペンを置いた。以後、二度と口から漏れる五十音を書き留めることはしなかった。

どうもこんばんは、オオタケです。

なんやかやで色んなことが起こる我がアパートメントですが、一番最初に起こったことはなんですか?と聞かれると、こんな些細な出来事です。今まで住んできた住居でもそうだったのか、と言われると、まったくもって何一つなかった、というわけではないのですが、こんなにも日常的で生活に密接に何かしらが起こる日々は初めてで、当初は非常に混乱しました。

こんな生活を送っていると「一番最初に起こったことは?」と聞かれることがありそれで思い出したのが序盤に書いたエピソードで、「一番怖かったのは?」と聞かれてお話ししたのが以下の体験です。

今の家に引っ越してすぐの話です。

夫が、仕事が終わったら何時の電車で帰るよって連絡をくれるんですが。その日、その連絡を確認した直後、玄関のドアがノックされた。このマンション、オートロックなんで、急にドア叩かれたことなかったんです。

ドアスコープ覗くと、誰もいない。

うちは一つの階に、二部屋振り分け式のつくりで、ドアスコープを覗くとエレベーター前からお向かいさんの部屋のドアまで、通路ごとぜんぶ見えるんです。ああこれは、宅急便の人が部屋間違えたんだな、と思いました。

そこから、四日連続で、ドアをノックされるんです。毎日違う時間、夫の連絡の直後に。毎回ドアスコープを覗いても、誰もいない。四日目の夜、夫にこの事を話しました。不審者が侵入してたら危ないと、週末に夫から管理会社に連絡することになりました。

五日目、夕飯の支度をしていると、玄関のドアが「ドンドン」と今までより強くノックされます。

不審者の顔を確認しなきゃ、急いで玄関に向かいます。ノックの音は「ドンドンドンドンドン」とさらに大きくなります。鳴り続けるノックを聞きながらドアスコープを覗くと、そこには、誰もいませんでした

覗いたまま固まってるとその瞬間「ピーーーーーンポーーーーーン」

玄関の、チャイムがなりました

ずっと続く、チャイムの音。

そこに、オートロックの呼び出し音が加わる。

這ってリビングに戻り、震えながら応答すると、相手は夫でした。

「オートロック開かないからあけてもらって良い?…っていうかこのチャイム誰?」

現在の状況を伝えて、夫は見回りをしながら部屋まで上がってきてくれました。音が止んだ、と思った数秒後、夫が玄関から入ってきます。エレベーターは無人で稼働しておらず、各階を確認しながら非常階段で上がってきた、誰も人はいなかった、と。

その後、一週間分の監視カメラの映像を見せてもらいました。うちのドアをノックした人は誰もいませんでした。

この体験を初めて話した配信の録画に、わたしの声に被せて「聞いてる人いますか ねえ だから聞いてる人いますよね 」という男性の声が入っていました。

音響のお仕事をされてる方に聞いて頂くと、「これ、オオタケさんとマイクの間で話してる声です」とお返事をもらいました。

わたしが配信で使ってるの、マイク付きの有線イヤホンです。

この「ドアドンドン」の体験が、腰が抜けるほど怖かったですね。「オオタケさんとマイクの間」と言われた時も、耳に挿したイヤホンから口元のマイクまで20センチ、その間に頭をぬるっと差し込んでくる男の姿を想像して背筋がゾッとしました。

最近の我が家はだいぶ落ち着いていて、よく続いていることといえば、わたしと夫単体の場合・わたしと夫ふたりの場合など状況は関係なく、「カタンカタン」とうちのドアに存在しないドアポストに手を抜き差しする音や、無人の玄関先のドアノブが「ガチャガチャ」と捻られることくらいでしょうか。

「なんで引っ越さないでいられるの?」ともよく聞かれるのですが、これはもう夫との総意で『慣れ』です。音がしてても、「ああうるさいなあ」と、二人で検証で試した音が止まる方法をパッとかまして生活に戻っています。お家自体は、広くて過ごしやすくてとても気に入っているので、そんな事で引っ越すなんて癪だな、と思っている節もあります。

次回はもうちょっと同居の楽しい、妖怪カワウソのお話の続きが出来れば幸いです。それではまた。

オオタケ

オオタケ

怪談収集家。怪談・奇談・怖い話をジャンル問わず収集し、自らの体験談や収集した話を配信やイベントで語る。また語り手への怪談提供も行っている。お化け屋敷に入れない。

Reviewed by
荒々 ツゲル

怪談を語られる際に肝になる、音の描写。今回の記事はそれが多く挟み込まれていたので、恐ろしさもひとしお。科学技術の発展しきった現代の怪談ならではの「カメラ映像を後日確認すると、そこには誰もいなかったのだ・・・」のログラインがイヤ~な後味を残していく。そんな恐怖現象が引き続いている(!?)住居であっても気にせず住まうことができるオオタケさん夫婦の胆力は読み手の私にとっても頼もしい!笑。

当たり前すぎて忘れがちだが、ドア・扉、は空間を仕切るものであり、だから一枚隔てた向こうは未知の世界になってしまう。例えそれが最も安心できるはずの私室に面するものであっても。
これを常に意識していると、ワンルームに住んでいる私なんかは恐ろしくて正気でいられない。だから扉のある空間にいる間は、その向こうに何があるのかを忘れていなければならないのだ。
恐怖の目隠し。それがドア。

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