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2F/当番ノート

妄言

当番ノート 第61期

今回はフィクションだと思ってお読み下さい。自分でも信じられないことも多く、まとめた事がない話をしてみます。

きっかけは、数年前の夏でした。

我が家での変な現象もスパートをかけるように日に五回六回と回数を増やしており、それを毎日のように配信で「今日はこんなことがあって〜」としゃべくり倒していた頃。とある人から連絡を頂きました。

お世話になっている酒場の先輩からの連絡で、その先輩が「オオタケさんに伝えて欲しい」と別の方から言伝を預かっていると。

言伝をしてくださったのは、端的に言うと「然るべき修行をされ心霊にまつわるお仕事も実際にされている、力のある方」でした。その方から『オオタケさんは怪談をやめた方がいい』との言伝がやってきました。

先輩は、もらった言伝をやさしい言葉に置き換えて説明をしてくれました。

『オオタケに柄シャツ血まみれの男の霊が憑いている』『最近不思議な現象が頻発しているのは、その男が“オオタケさんが喜ぶから良かれと思って”細かな霊を呼び寄せているから』『オオタケさんはきちんと勉強をして対処法を身に付けるか、怪談をやめるべき』

このような内容でした。正直に言うと、ショックが一番大きかったです。今一番楽しいと思っていることを、完全な善意からでも、やめた方がいいと言われてしまったショック。それから不謹慎にも「柄シャツ血まみれの男ってちょっとイカスな」とほんのり嬉しくなってしまったのも事実です。

兎にも角にも今後の進退をどうすべきか、と悩みました。周りの方に改めて相談するとやはり勉強をして身を守る術を身に付けた上で続けるべきでは、という結論になりつつ、「これをこなせば大丈夫」という正解のない「勉強ルート」に困惑していたのは確かです。話をひと段落させる為に、とりあえず相談のたび締めに口に出していたのが「来週京都の妹に会いに行ってくるので、その時寺社仏閣を巡ってスッキリしてこようと思います」というヘラヘラとした言葉だったのですが、その言葉に対して全員から帰ってきたのが

『それなら安井金比羅宮に行くべき』という言葉でした。

安井金比羅宮 – 安井金比羅宮(やすいこんぴらぐう)は、京都市東山区にある神社。通称「縁切り神社」の別称で知られる。(Wikipedia)

安井金比羅宮はもともとは飛鳥時代に藤原鎌足が創建した「藤寺」であったとされ、一族の繁栄を願って建てたことにはじまるそうです。本殿に祀られているのは主祭神の崇徳(すとく)天皇・源頼政公・大物主神(おおものぬしのかみ)です。崇徳天皇が流刑された際、讃岐の金刀比羅宮で一切の欲を断ち切って参籠(おこもり)されたことから、 断ち物・縁切りの祈願所 として信仰されてきました。 男女の縁はもちろん、人間関係に関する縁だけではなく、病気、酒、煙草、賭事など、自分が断ち切りたいと思っている全ての悪縁も切ってくれると言われる神社です。

あまりに何度も「安井金比羅宮」と言われるため、名前は聞いたことあるけど行ったことないな、とネットで検索をしました。

怖。真っ白いムックこわい。

素直な恐怖と同時に、一瞬にして生理的嫌悪が湧き上がりました。例えるなら、「ウゴウゴ動くムカデが満杯に入った湯船に入れと命令された感覚」の嫌悪感。本能的に「ここには絶対に行きたくない」と思いました。

いざ京都行きの相談を妹にする電話をしました。電話口でここに行きたいな〜とキャッキャしたついでに、「なんか今わたし柄シャツ血まみれの男が憑いてるらしいんだけどさ…」と話すと、妹はすぐ返事をくれます。

「それなら、安井金比羅宮に行くのがいいんじゃない?」

またなのか。まだ他の人にもそれを言われたことも話してないのに、またなのか、最愛の妹まであそこを勧めるのか。

混乱と嫌悪感でぐちゃぐちゃになりながらも、最終的に溺愛する妹に勧められるのはやはり心がぐらつきます。こんなに嫌な場所に、果たして本当に行った方がいいのか。次に私がとった行動は、一番信頼する友人に最終判断を仰ぐことでした。

友人は勘の強い女の子で、現在の私の家の間取りを全く見ずに当てたりするような子です。わたしの「周りから集中砲火で行くことを勧められる、こんなに行きたくないという気持ちでいっぱいなのは、私についてる人が“やめときなさい”と警告してくれてるのか、私に憑いてる血まみれの男が行かれたら困るからこんな気持ちにさせているのか、判断がつかない」という泣き言に、慎重に言葉を選びながら答えてくれました。

『わたしはあなたに行ってほしい』

『ただひとつ、行くための手順を守ってほしい』

手順というのは、「行く日にち・時間帯などの行程を事前に決めない」「同行する二人と離れない」というシンプルなものでした。私をそこに行かせたくない血まみれ男が、私の足止めにわたしの大事な人(妹や夫)を傷つけて予定を狂わせる可能性があるからで、だから行程をきっちり決めず向こうに準備をさせないこと。離れるとそこで怪我をさせたりして、私を二人の元に戻らせて予定を無かった事にさせてしまう、だから大事な人は目の届くところに、一緒にいてね、ということでした。二人に迷惑をかけるから一人で参拝しよう、と思っていた私には目から鱗でした。

そうしてようやく安井金比羅宮に行く決断をした日の夜、夫に「申し訳ないんだけど相談があって…」と声を掛けました。こういう言伝を貰っていて、旅の行程に安井金比羅宮を入れさせてほしい。夫は深く頷きました。「いいと思う。だって最近ずっと、オオタケ変やったもん。」変?

「最近まともに会話が出来てなかったの、気付いてなかったやろ?今、普通に会話できてるんめちゃくちゃ久しぶりやで」

そんな、だって昨日も一昨日も、夫の会社の話や好きなアーティストや芸人さんの話に相槌を打って普通に話していたのに

「相槌が全部怖い話になってたの、気付いてなかったんやろ?ここんとこずっと、俺が『こんなことあってさー』って話したことへの返事が全部『そっかー、◯◯さんって人から聞いた話なんだけどね』『◯◯といえばこんな話があってね』で始まる怖い話やったんやぞ」

会話が普通に出来てると思っていたのは私だけでした。そういわれてみれば、「楽しく会話をした」という記憶だけで、細かい会話の内容は全然覚えていません。

「一番ヤバイなと思ってたのは、こないだの土曜に電車に乗った時よ。駅に向かうまでも電車待つ間も怪談話してたけどさ、五人くらいしか乗ってない車内に乗り込んだ瞬間『足を食べる』とか『黒魔術』とか『チーズケーキ』とか、車両全体に響く大声で叫ぶみたいに話し始めてさ、瞳孔も完全に開いてるし…」

このキーワードには覚えがありました。当時確かに、煙鳥さんという怪談作家/怪談収集家さんの連載『足を食べる女』を読んでいたのです。

「あの時はもうほんまにコレヤバイなって思って、俺そういうん詳しくないしどうしたらええのかなってずっと考えてて……だから、いいと思う。行こう、安井金比羅宮」

夫にこんな思いをさせてたのか。

これは予想以上にまずい。

安井金比羅宮に、行かねばならない。

そんな流れで安井金比羅宮へと参拝をしてきたのでした。道中も私の記憶と同行者二人の記憶が大幅に違っていたりなんやかんや色々とあったんですが、無事に安井金比羅宮で『私に取り憑いている柄シャツ血まみれの男との縁を切ってください』と「形代(かたしろ)」(身代わりのおふだ)に書いて、縁切り縁結び碑の穴を抜けまっしろムックに形代を貼っつけ、帰宅してから一ヶ月間怪談を聞くのも話すのも絶った結果、我がアパートメントでの怪異たちはピタリとやんだのでした。

文字に起こしたことがない体験を初めて書いてみたのですが、予想以上に長くなってしまい前編しか書くことが出来ませんでした。我がアパートメントに山盛りの不思議体験を掻き集めていた、柄シャツ血まみれの男との縁切り話ということで、ここはひとつ。

オオタケ

オオタケ

怪談収集家。怪談・奇談・怖い話をジャンル問わず収集し、自らの体験談や収集した話を配信やイベントで語る。また語り手への怪談提供も行っている。お化け屋敷に入れない。

Reviewed by
荒々 ツゲル

離れがたくてたまらないのが、好きだということ。それは周囲の友達から「別れなよ」と言われる恋人だろうし、心身を捧げている趣味でもあるだろうし、霊なら、自分にとって都合の良い憑りつき相手でもあるのだろう。
恋は人を盲目にするといったぐあいに、何か一つのものに熱中するとそれを否定する言葉は(親切心からのものであっても)聞きたくないもので、夢中で”それ”をしている間はなりふり構わなくなってしまう。恋愛や趣味、部活や勉強など一つのことに一生懸命取り組んだことのある人ならば誰しもが経験したことのある「トランス状態」。この記事内のオオタケさんが到達したのは、それだったのではないだろうか。と私は思う。
決して妄言ではないはずだ。野球選手に全盛期があるように、冴えなかった男子にモテ期が到来するように、芸術家に傑作を生み出せる”才能の春”がやって来るように、その分野での最高の瞬間が、心を注いでいるうちいずれ来航する。
それが今回は、怪談話者の元にやってきたのだ。怪談を呼び寄せる、「柄シャツ血塗れの男」。

怪談話者はきっと、限界まで高じると、自身が怪談になってしまうに違いない。だからこそ皆、全盛期に持っていかれないように、神がかった物語に話者がなってしまわないように、対処法を身に付けていくのだ。

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