当番ノート 第40期
結婚を控えていた時期、母にぽんと小さな箱を渡された。 「これから必要になるかもしれないから」 中にはパールのイヤリングが2つ揃って入っていた。 正直、安っぽいその箱と、なんとなく軽い輝き。 それを見て、わたしは直感的に「イミテーションっぽいな」と思ったが伝えなかった。 しかもそのパールはイヤリングのパーツが付いている。 わたしはピアスホールがあるし、イヤリングは耳たぶを挟むので長時間つけると痛い。…
当番ノート 第40期
夏が終わる匂いがした。 通り雨に泣いたアスファルト、信号が青に変わる。 私は探し物をしながら歩く。散歩でも、駅までの道も。いつも、少し見上げながら歩く。 田舎で育ったせいか、ひとごみが苦手だった。 すれ違うひと、ひと、ひと、ひと。目に飛び込んでくるひと、背景を連想してしまう、情報の塊が蠢くようで、都会の駅が怖かった。 目を合わせない、顔を見ない。戸を立てるようにして、今では駅でも揺らがない。それで…
当番ノート 第40期
あなたは「踊り念仏」と聞いて、なにを思い浮かべるでしょう? 踊り・念仏の結びつきを即座に語れる方は少ないかもしれません。でも、「口からなにか出しているお坊さんの木像を教科書で見たことない?」とでも加えると、「ああ、あれか」と記憶に結ぶ方は意外と多くいます。それは空也という平安中期のお坊さんで、前回ご紹介した六斎念仏をはじめとした踊り念仏の創始者とされています。口から出ているのは6体の阿弥陀仏で、空…
当番ノート 第40期
しばらく会っていないあいだに、友達が革命家になっていた。 自身に起きたある腹だたしい仕打ちと、彼女や私たちの周りをもやのように取り巻く理不尽な空気に対して、彼女はきわめてはっきりと怒っていた。そして、その火を絶やさないことを生き方として選択したらしい。最近できたという新しい恋人に、付き合う前に「私革命家だけど、あなた革命家と付き合う覚悟あんの?」とかさらりと言ってのけたりして、しびれる。 ところで…
当番ノート 第40期
じゅう・りょく【重力】 ①地球上の物体に下向きに働いて重さの原因になる力。 地球との間に働く万有引力と、 地球自転による遠心力との合力。 ②万有引力に同じ。 ふう・せん【風船】 ①気球。軽気球。 ②紙またはゴム球の中に空気・ヘリウムなどを入れて、 それを手でついたり空中へ飛ばしたりする玩具。 -『広辞苑 第七版』より抜粋 - 風に舞うコンビニの袋 私は昔から、それを見ると 目が離せなくなる。…
当番ノート 第40期
iTunesの中に、膨大な量の音声データがある。 それは何年も欠かさず毎月集まっていた仲間たちの、カラオケ音源だ。 友だちはみんな結構な年下だったけれど、わたしたちはバカみたいにはしゃいで、友だちのひとりが「おもしろいからとっておきたい」と録音をはじめた。 マメなその友だちは録った音をアルバム形式にしてみんなに配った。 ジャケットにみんなで録ったプリクラまで設定してくれた。 はじけるような笑顔を遠…
当番ノート 第40期
花のある暮らしがしたかった。 なくても生きていけるけど、あっても生きていけるじゃないか。 実家は宮崎にあって、庭には花が咲いていた。でもそれは私のために囲える花じゃなくて、これからもずっと庭に咲き続ける花だった。何より、私のために摘むという発想がなかった。 高校を卒業して京都に移り、住んだのはそれはそれは古い学生寮。建て直しのために、もう跡形もないけれど、トラックが隣を通れば地震のようにコトコト揺…
当番ノート 第40期
滋賀県にある朽木古屋集落は都市圏より涼しい土地柄です。京都まで車で1時間ほどの地点にありますが、気温にして5℃は京都や大阪と比して低いように思えます。標高差もありますが、1200年ほど前より若狭から京へと海産物を運び、文化を形づくってきた鯖街道沿いに清流が流れていることもその要因かもしれません。 気候や降水量、生態系など土地の条件によって、なにを生業とし、どのような生活が営まれるかは異なります。そ…
当番ノート 第40期
つい先週、ずいぶん久しぶりに、他人に対して怒りをぶちまけてしまった。 「相手のために叱る」なんてかっこいい話ではなく 、ただただ、こらえきれなくなって、暴発。 燃え盛る火事場に駆けつけて、太めのホース引っ張っていざ消火、と思いきや火炎放射器ボッファーーー!!えええーーーー!!!消すんちゃうんかーーーーーーい!!!という感じで、やってしまった。 怒りって、その内側に溜まりに溜まったいろんな感情的なも…
当番ノート 第40期
あめ【雨】 ①大気中の水蒸気が高所で凝結し、 水滴となって地上に落ちるもの。 ②雨天。 ③絶え間なく降りそそぐもののたとえ。 あま・よろこび【雨喜び】 ①旱天時に降雨を得た場合、 仕事を休んでする祝い。 雨遊び。雨休み。雨降り正月。 -『広辞苑 第七版』より抜粋 - あなたは雨が好きですか? 私は、どうだろう。 正直な話をすると、 雨の日の外出は億劫だ。 傘を持ち歩かなければならないし 服や…
当番ノート 第40期
ぐしゃぐしゃの頭で着替えだけしてパソコンを開く。 ベッドサイドにスープと飲み物だけ用意して、そのまま書くことにした。 眼精疲労であいかわらず目はよく見えない。 小学生の頃だったか、たしか目を閉じて絵を描くことをした気がする。 文章はわたしの我流のタイピングでは無茶苦茶になりそうだ。 写真ならどうだろう、と思ったら、すでにやっていたと気づいた。 わざと被写体を見ずに撮ることは、写真の手法のひとつであ…
当番ノート 第40期
挿絵が目に焼き付くほど、繰り返し読んだ本がある。 家には本棚が沢山あって、縦横無尽に本が詰まっていた。図鑑、絵本、のんたんシリーズに分厚い辞書や小説。中でもお気に入りは「世界の昔話」シリーズで、日本の昔話ももちろんあったけれど、繰り返し読んだのはギリシャやヨーロッパのそれだった。 忘れられない話がある。 『チッコペトリロ』という、イタリアの童話。 幸せいっぱいの花嫁が、結婚の祝いの席で地下にワイン…