引っ越しをした、という話の続き。
大量の本の移動の際に、昔読んでいた本に再会しました。これまでも転居を繰り返して来たけれど、その度に古いアルバムに見入ってしまったり、昔夢中になってた何かに再会して、荷物の整理作業がその度中断します。皆さんもそういう経験ありますよね。
20年以上前に良く読んでいた二冊の本が出てきました。宮脇俊三の「最長片道切符の旅」野田知祐の「日本の川を旅する」。懐かしくなって、最近毎日のようにぱらぱらと読み返しています。方や北海道から鹿児島まで晩秋から初頭に掛けてゆっくりと日本列島をまわる(つまり、紅葉前線の南下と歩調を合わせる様に)、もう一方はカヌーに乗りあちこち寄り道をしながら川の上から日本の景色を味わう。どちらの本も、ゴールよりもその過程に関心が寄っているのと、目的のはっきりしない旅みたいな気分が面白いと思っていました。何よりも日本列島の広さを実感出来ます。
10代の頃にそういう憧れを抱いていたから、学生時代は日本中の街から街へと移動する日々でした。その当時好んでしていたアルバイトは、スーパーのダイエーの店舗改装の仕事で、古い内装を解体して新しい壁や床を作って什器を組み立てる仕事で、給料は大変良く、しかも全国チェーンだったので、必然的に日本中の旅が出来てとても気に入っていました。現場は大抵2~3週間あり仕事が終わると親方のサイフから、現金を直接受け取って、自分だけ現地に残り、街をほっつき歩いては写真を撮り自宅に戻って来て現像する。そして再び次の現場へ向かう、という生活でした。
実をいうと、写真ギャラリーの仕事に就く直前まで、ぼくは、静岡県のどこかの現場にいて、滞在先のホテルに入った一枚のファックスで、仕事を終えてそのまま、赤坂見附の後に写真ギャラリーとなるビルの一室に向かったのです。
日本は広い。しかしながら、東京の写真界は恐ろしく狭い。狭いというのは、日頃自分たちが使っている写真に関する会話が東京以外では通用しないことがあります。所詮この業界の評価とか、潮流というのは、広い日本の東京のそれも新宿とか六本木とか、恵比寿とかのごくわずかなエリアの中でしか通用しないと思っていた方が良いのです。
地方都市を巡回する「出張ルーニィ」の企画は順調に出先を増やしつつあり、各地で写真表現に対する新鮮な驚きを持って暖かく迎えて下さっています。しかし、近頃東京の一部で日常的に交わされる作家さんとのやりとりの中には、最初から世界規模で活動することを前提に動いてるかのような雰囲気を感じはじめています。そういう動き方自体を否定するつもりはないのですが、それがマストだと考えるのは違うよな、と思います。
海外進出を企てるアーティストは昔からいます。もちろん日本人の作家でも日本よりも海外の方が受け入れられやすい作品もあることは事実です。これにしてもフランスで受けが良い作品もあれば、アメリカの方が評判の良い作品もあります。
同じことは日本の中でもあって、例えばぼくが東京で沢山売った作品があって、自信を持って名古屋へ持っていっても、全く反応が悪かったり、逆に東京での人気よりも地方としての人気の方が高い作品もあります。
先日ぼくは作品のリサーチのために関西へ出かけ、ある作家さんのプリントを相当数見てきました。初めて見るオリジナルプリントは、ため息が出るくらい美しく、写真家がレンズを向ける態度も一貫して揺るぎない意志を強く感じました。関西の同年の仲間などにその話をしたら、「最近全然名前を聞かない」といった程度であまり興味はないみたいです。こんなに素晴らしい作品が地元の人びとの関心すら湧かないのか、と不思議で仕方がありませんでした。
日頃身を置いている環境からちょっと離れたところで、普段の自分の姿を見つめ直すと、同じものでも新しい解釈であったり、今まで気がつかなかった魅力と出会うことが出来るのだということを最近知りました。東京から地方へ作品を運び、そして出先で生まれた縁から作品を東京に持ち帰ります。そういう往復運動の中から魅力的な人やモノとの出会いをつなげて行きたい。そして日本の広さを味わい尽くす。というのが最近楽しいなぁと思っていることです。