東京から遠く離れたところで、活動の拠点を置いている写真の作家さんが近々地元に作品の発表の場を自分たちで立ち上げようと準備していると聞きました。
写真ギャラリーが今までなかった地域にその土地に根を下ろして、自分の表現の実践と思考を深めていく、ならびにその地域の人々と結びついていく場を持つというのはとても意義深いと思います。
地方都市において、写真展といえば、地元のアマチュアカメラ愛好家の人たちの、お祭りとか、お花畑の写真とかそういうもののパネルの展示会で、その地域のアマチュア指導の重鎮が出てきそうな、なんとなく想像するだけでも入りにくい、面倒くさいというイメージが根深いようです。僕たちも7年前に「出張ルーニィ」を始めた頃に同じように「写真展をやりたい」といった途端に顔が曇るというか、理解されない、協力してもらいにくいということを肌で感じました。
「いや、お祭りとかそういう写真じゃないんです、ちょっと違うんです」
その続きをきちんと伝えて地元の人たちにも理解を深めてもらうには、現物を携えて、膝詰めで対話を重ねていくしかありません。写真展に対する独特の食わず嫌い感とは、結局のところ、世間で認識されている写真展とは表現ではなく、技巧手法の披露であるとか、見事なシャッターチャンスをものにしたことを誇るシューティングゲーム的なものに価値観を置いていると思われているから心が動かないのであって、まずはその思い込みを解くことから始めるべきと思っています。
「そうじゃない世界がここにはあるよ、ほかの美術ジャンルととは違ったアプローチで写真を使った表現の世界があるよ」
「情報ではなく、究極のモノとしての魅力が詰まったファインアート的なアプローチの写真作品があるよ」
そういうことを今までも色々な場所でお話をしてきましたが、もし、アーティストランニングで運営するなら、写真家自身が自分の言葉で伝える必要があります。若い世代であれば、事情を知らない他人に、写真の面白さをわかりやすく伝えることは、自分のライフワークの基礎を固めるためにも、相当有効なことだと思っています。ささやかな表現メディアとして自分が放つ矢はどこへ誰に向けられているのか?そこを明確にすることで、言葉の使い方も変わってきますし、そもそも作品の作り方、まとめ方にも関わってくると思います。制作者も、それを支える言葉のひとも、その地域のフィルターを通した独特のものが生まれて、その土地ならではの使われ方が生まれればおもしろいと思います。