入居者名・記事名・タグで
検索できます。

3F/長期滞在者&more

あとで効いてくる

長期滞在者

若い頃、何が面白いのか分からなかった写真たちが、ずっと後になってその仕事のすごさに気付かされたりすることがあります。視覚的なエフェクトであるとか、芸術論か何かの引用や焼き直しのようなものではなく、ただその時々の出来事に居合わせるような写真に心が動きます。「表現する」という言葉の印象とはまるで正反対の感もありますが写真表現の真骨頂とは、みつめることを絶えず積み上げていくことだと、近頃強く思います。
同世代の作家さんで、若い頃から東京のスナップを淡々と続けている人がいました。初めてその人の写真を見たとき、どことなく古臭いお作法の写真だなぁと感じていました。実際若い頃から通好みというか、随分都市の離れた関係者の人たちのウケはとても良かったのですが、その頃興り始めた公募展や、賞というものには彼は全く縁がありませんでした。

「10年経てば俺の仕事の良さがもっと認められるはずだ」というような事を彼は25、6歳の頃に真顔で言っていました。その真意を同い年の僕は測りかねていました。でも今思えば確かに10年後に同じ写真を見ると、彼が言っていた通りに感じました。そして、そのあと彼の仕事は大きく評価されることとなりました。今ではそれが、20年、30年と時間をまといながら、魅力が増していくのが分かります。同じ時代を生き大体似たような写真家に憧れていたはずですが、たぶん同じ写真を見ていても、見るべきポイントや受け止め方が全く違っていたのだと思います。それは誰かに教わり習うものではなく、写真的旨味成分を嗅ぎ分ける才能が彼にはあったのだと思います。
先日、ぼくのギャラリーで展示をしたいという、年下の作家さんに、なぜうちでやりたいのか、聞いて見ました。「新しいものを追いかけているように思えないから」というような答えでした。確かに、年々自分の頭では理解できる表現が減ってきた(立場上、素直に喜べないし自慢にもならない)のは事実だけど、そう見られるのも意外と悪くないように思いました。
自分が憧れていた1990年代は、すでに遠い過去のようでもあり、今一度この時代に、形を残してきた沢山の写真たちをもう一度見直し、読み直すことを意識的に始めて見たいと近頃思っています。

篠原 俊之

篠原 俊之

1972年東京生まれ 大阪芸術大学写真学科卒業 在学中から写真展を中心とした創作活動を行う。1996年〜2004年まで東京写真文化館の設立に参画しそのままディレクターとなる。2005年より、ルーニィ247フォトグラフィー設立 2011年 クロスロードギャラリー設立。国内外の著名作家から、新進の作家まで幅広く写真展をコーディネートする。

Reviewed by
モク

時間のふるいにかけられると、ほとんどのものは曖昧になっていく一方で、残ったものはますますはっきりと立ち現れてくる。皮肉にも美しくも、時の流れは写真に大きく作用する。今はっきり判断を下さなくても良いのだ。時間が経てば分かることも分かってしまうこともあるから。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る