入居者名・記事名・タグで
検索できます。

3F/長期滞在者&more

ベッサLの思い出、からのDf 復活。

長期滞在者

友人S君が懐かしい「フォクトレンダー・ベッサ L 」というカメラを提げていたので触らせてもらった。
知ってる人は知ってるだろう、コシナが作った、ファインダーのないフィルムカメラである。発売は1999年。僕も昔一時期シルバーのベッサ L を所有して使っていたのだった。
しかし物もちいいなぁS君。25年だよ。プラスチックボディの、そんなに頑丈そうでないカメラなのに。
アクセサリーシューに外付けのファインダー(別売!)を乗せて、撮影範囲はそれでアタリを付け、被写界深度の深い広角レンズを付けてピント合わせは目測。要するにカメラの機能としてはメカニカルシャッターと、フィルムを送るだけの役割しかないのだ。「写ルンです」でもファインダーはついているのに。

(コシナのウェブサイト、生産終了品ページより)


外付けファインダーというのはけっこういい加減な撮影範囲しかわからないので、正確なフレーミングは望めない。だったらもう中途半端なフレーミングは捨てて、ざっくりあてずっぽうで撮った方が面白いんじゃないか、と僕は外付けファインダーも外して撮ったりしていた。
ピントを1.5mに固定して、とにかく撮りたいものの1.5m先にカメラを突き出して撮る。1.5mというのは自分の身長より少し短い距離、というので目測での距離のアタリがつけやすいのである(自分が地面にまっすぐ寝転んでるところを想像すればいい)。
撮影時もスリリングなら、現像上がりのネガを見るときもかなりスリリングだ。とんでもない構図になったりもするが、しかしかえってその方が面白い写真になることもあり、そんなことが幾度もあるといつも自分が考えている「良い構図」とはいったい何なのか、と写真の根本を問うようなところへも降りていける。

S君のカメラについていたレンズも僕が使っていたのと同じ「スナップショットスコパー25mmF4」というレンズだったので余計に懐かしかった。このカメラのために作られたようなレンズで、他のライカのネジマウントにも使えるがピントの連動機能はない。目測撮影に徹せよ、という潔いレンズである。
他にも、35mmくらいまでは目測でも結構使えるので、コシナのウルトロンという35mmF1.7レンズも購入し、ベッサ L でフィルムをじゃかじゃか浪費しまくっていた。1000円握りしめてヨドバシに行けばトライX(モノクロフィルム/コダック)が4本買えた時代だからね(遠い目)。

このカメラがさらに面白いのは、ボディがプラスチックで、プラスチックなのは別にいいけれど、白いプラスチックの上から黒やシルバーの塗装をしている。普通はその色で出来たプラスチックを使うと思うのだが、なぜか白プラスチックに塗装、なのだ。
だから使い込むにつれて、塗装の下から金属の地肌、ではなく、白プラスチックの地色が出てくる。それがなんとも奇妙で、S君の黒のベッサ L もご多分に漏れず角々が剥げて白くなっていた。その安っぽさが当時は好きではなかったが、今見るとなかなか奇怪で素敵である。黒塗装の下から白地、こんなカメラ見たことない。
私はただの道具だ、機能以外に余計な情緒は不要、みたいな気概を感じる。

久しぶりに見て一番懐かしかったのは、このカメラには面白いギミックがあって、巻き上げレバーの基部に薄い羽根状の部品がついており、巻き上げレバーを格納するとこの羽根がシャッターボタンの根元に入り込んでシャッターをロックする。カバンの中などで何かに当たって知らぬ間にシャッターが切れたりしないように、巻き上げレバーを予備角まで起こさないとシャッターが切れなくなっていたのである。ニコンのカメラでも同じような仕様だったけれど、ベッサ L の場合はシャッターボタンの操作を阻害する部品が外に露出しているので仕組みがわかりやすく、それがカラクリっぽくて僕は好きだったのだ。
ところがこのシャッターロックの羽根が、スナップシューター諸氏に大変不評だったようなのだ。
巻き上げレバーの予備角を起こさないとシャッターが切れないというのがスナップカメラとしてあるまじき、みたいな論調だった。田中長徳氏だったか、あれは邪魔なのでニッパーで切ってしまった、という人もいた。
僕は「カバンの中で誤ってシャッター押されてたら、どっちにせよ次のシャッターは巻き上げないと切れないんだから、ぜったいにロックがある方がいいのに」と思っていたが、スナップ猛者たちの意見に圧されて、次の機種からベッサはシャッターロック機構を省略してしまった。
素晴らしいアイデアだと思ったんだけどなぁ。

・・・・・・

とまぁ、そんな論争があったのですよ。昔は。なかなかヒリヒリするでしょう?
カメラを構えて巻き上げレバーを予備角まで右手の親指で起こす。おそらく0.2秒くらいしかかからない。しかしその0.2秒の、今で言う「起動時間」の是非について、写真家が喧々諤々争っていた。
剣豪同士の真剣勝負なら、0.2秒は長すぎる隙なのかもしれない。0.2秒の隙で手首が吹っ飛び血しぶきが上がる。物騒な喩えになってしまったが、写真家は命は落とさなくても0.2秒の間隙が写真の生死にかかわるのことがあるは事実である。
翻って、現在のデジタルカメラの起動時間を考えてみる。公称ゼロコンマ何秒、みたいな数値はカタログに書かれていたりするが、当たり前だがいつでも押せば写るライカのようなカメラに敵うデジタルカメラはない。やつらはまず全身に電流を満たさねば何もできないのである。

もちろんデジタルカメラのそういう部分に難癖をつけても何も始まらないのだが(もちろん失った瞬発力の代わりに機械式カメラにはできない機能を満載しているわけだし)、ベッサLのシャッターロック機構を久々に見て、そんな論争を思い出ししてしまったもんだから、これまでこの連載でもたまに悪口を書いている某F社のコンパクトデジタルカメラが、もうどうしようもないナマクラに思えてきたのだ。
我慢して使ってはきたけれど、何度も起動の遅さにイライラし続けてきた。これは本当に我慢に値するだけのカメラなのだろうか、と。

起動時間、公称0.5秒とあるが、とんでもない嘘八百で、実施にスイッチを入れてからシャッターが切れるようになるまで、どう考えても2秒半はかかる。0.5秒は背面モニターが点灯をはじめる時間であって(そんな秒数に興味はない)、実際にはそこから2秒近く待たないと撮影体勢には入れないのである。
2.5秒なんて、体感的には無限の虚空に等しい。さきほどの剣豪の真剣勝負にしつこく譬えるならば、すでに勝負が終わって刀が鞘に収まっている時間だろう。戦う前から死んでいる。そう、僕は何十回もこのカメラの起動の遅さに殺されてきた。つい最近も怨嗟の声を発したばかりだ。

そう考えれば考えるほど、このF社のカメラを使う意味を見出せなくなってきたのである。
S君のベッサ L のせいだ(とんだとばっちりだ)。
この某F社の営業の人に仕事上で会うことがあったので、「御社のカメラは写りはとても気に入っているのだけど、あの寝起きの悪さは、なんとかならないんでしょうか」と聞いてみたら、「ああ、申し訳ないですが、そこはあまり力を入れている部分ではないようです」と正直な返答をいただいた。
もちろん起動時間だけが「良いカメラ」の条件ではない。他の部分で秀でているのなら、その秀でた部分を愛でる人が使えばよいのである。残念ながら、僕はこの寝起きの部分で数々煮え湯を飲まされてきた。相性が悪いのである。それだけのことだ。
相性が悪いのならば、ぶーぶー文句言うより手放せばいい。
よし、売る。そう決めた。

何社かに下取りの査定をしてもらった。
すると、思ってもみなかったことなのだが、存外に高い値がつくのだ。
この長い円安で日本国内に売るよりも海外に売る方がメーカーは美味しいので国内では新品でも供給不足になり(特にこのF社ね!)、つられて旧製品の中古の値段も上がったのだ。
これはびっくりだった。
このカメラのほかにももう使わないと思ったフィルムカメラを1台、合わせて引き取ってもらったらなんと10万円以上のお金が出来た。嬉しい想定外だった。

思ってもみなかった10万円の余剰。こんなお金、一生のうちで手にすることなんてもうないと思っていた(真顔)。
円安の恩恵なんてあるんだな。
これは・・・おお、あのカメラを修理できる!

そう、4年前に落下させてしまい、一部機能が使えなくなったニコンDf である (*) 。
具体的にいうと、露出補正ダイヤルが効かなくなっていた。露出補正が使えないということは、露出オートを使えないということである。マニュアル露出でしか撮れないデジタル一眼レフ。まぁ、それでも撮れるならいいんだけれど、どうせならすべての機能が使えたほうが良いに決まっている。
ニコンの修理窓口に問い合わせたら落下品は10万円との答えで、もう一生このカメラは直せないのだと諦めていたのだ。それが、神のお告げのようにぴったりな金額が降ってきた・・・!
これは、このお金を修理に突っ込むしかないではないか。

・・・・・・

というわけで、ニコンDf が完動品になって帰ってきました! 嬉しすぎる! いかん、笑いを堪えられない。ぐふふふ。


(ご丁寧にも交換した軍幹部も丸ごと返却してくれました。面白いからどこかに飾っとこ。)

・・・・・・

ニコンDf のカタログ上の起動時間は0.5秒。そして驚くべきことに実際の撮影可能時間も同じである。いや、別に驚くべきことではなくカタログ通りに作動するのが普通だ(笑)。
実際は10万円より安く修理してくれたので、差額でヨンヌォの35mmF2レンズも買えた。売ったコンパクトカメラよりはカメラは大きくなったが(といってもニコンDf は一眼レフの中では小さく軽い部類である)これであのイライラから解放されるのだ。多少のかさばりくらいどうでもいい。

別に僕は新宿で辻斬りスナップやりたいわけではないのですよ。そういうことではない。
抜けると思ったら抜けなかった、みたいな武器に甘んじていれば、何か写真の力がそのうち削がれてしまう、と危惧しただけなのです。
答えは以前からわかっていた。一番自分にしっくりくるこのカメラ(ニコンDf )を、普通に使えるように修理しておくだけ。それだけのことが、わかっていてもままならなかったのだ。お金は大事です。
神様ありがとう。嬉しいな。

・・・・・・

*)過去記事「落下するライカ・三日月ニコン」参照

カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

ベッサL、名前は何度も聞いたことがあるけれど、ファインダーがないカメラなんですか?!それは知りませんでした。へええ。

視野率が100%近くじゃないカメラに苦手意識がある自分には一生ご縁がなさそうなカメラ。視野率0%、、、?!
怖くて使えない!スリルなんて求めない!安心をください!!なんて、腰抜けな人間性丸出しのわたし。(トイカメラも苦手なのにッ!)

カメラの修理といえば、なんとなくシャッターが粘っている気がして、少し前にオートコードを修理に出しました。2008年くらいに入手して一度も修理等しないままでした。カマウチさんほどではないけれどもちょっとばかり痛い出費。

刀が抜けなかった、とはまた違うけれど、きちんと計って設定したはずのシャッタースピードがカメラの不調で出ていなくて、そのせいで焼きにくいネガができてしまうのはとてもツライ。
これは急所に切り込んだ筈が、刃こぼれしていて致命傷を与え損ねたという感じかしら(喩えが物騒)

なんとなく不調を感じて、信頼がもてず持ち出す機会が減っていたけれど、これでまた安心して持ち出せるぜオートコード。

カマウチさん共々、全快にて復活したカメラを手にウキウキと夏を過ごしたいな。

暑中お見舞い申し上げます。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る