カメラは重力に従う。それが物理だ。
ほっておけば落ちるものを、人は手放すまいと緊張したり、ストラップをかけたり、法則に逆らった努力をする。
以前とあるギャラリーで若い男の子が珍しいレンズをつけたカメラを持っていたので「ちょっと覗かせてもらってもいいですか?」とお願いしたら「ちゃんとストラップ手に通してから持ってくださいね」と念を押された。以前誰かにカメラを落とされたのかもしれない。その慎重さに感心したが、逆にそんなこと言われると緊張して落としそうなので「やっぱりいいです」と手を引いてしまった。
カメラは落下する。それが世の習いです。
壊れない機械はなく死なない人間もいない。
僕が以前使っていたライカM4というカメラは僕が生まれた年(1967年)に製造されたものだった。どちらが長生きするか競争だぜ、とか言い合う仲だったが(少し嘘)、自転車走行中にストラップの二重環が外れて落下させてしまい、修理に10万円を要する大怪我をさせた。20万円で買ったカメラに修理費10万円である。神も仏もありゃしませぬ。
その10万円を涙を絞るように捻出した。それくらい当時は大事なカメラだった。
ライカを落としたのはもう15年くらい前なのだが、修理に10万円なんていう経験をしていたらよっぽどカメラの扱いが慎重になるだろうと思いきや、雑な性格というのはそんな痛手くらいではなかなか治らないもので、なんと15年ぶりに、またやってしまったのである。
昨年10月に買ったばかりのデジタル一眼レフ、ニコンDfである。
まだ1年も使ってない!
15年前の反省もなく、やはり自転車で落下させたのだった。
ペンタ部からガコーン! とコンクリ上に落下して、カメラの後頭部にあたる部分(ファインダー左上)に三日月型の亀裂が入った。早乙女ナントカ之介は額に向こう傷だがDfはうしろ頭だ。意味なく情けない。
遮光する必要がありそうなので黒のビニールテープで補修したが、怪我はそれだけではなかった。凹んで回路を遮断したのか露出補正ダイヤルが効かなくなり、インジケーターも出なくなった。ぬぬぬぬ。涙が。ののののの。
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僕が前に落としたライカは50年以上前に製造されたものなので、当然何のオート機構もついていない機械式カメラである。電池もいらない。
シャッター速度ダイヤルがありレンズに絞り環があり、距離を測るために三角測量原理の距離計がついている。もちろん全部自分で操作しなければならない。
露出計すらついていないから、必要な組み合わせは全部暗記していた。
感度100なら晴天1/500秒でf5.6、日陰に入ったら絞りを2段半開け、夕方はいくら、陽の落ちるきわはいくら、という具合に。
ライカを手に持って歩く。
当然晴れたり曇ったりもし、日向に出たり日陰に入ったりもする。左手は常に絞り環の上にあって、光線状態が変化するたびに絞りを切り替えながら歩く。撮らない時でもそうする。体が露出計になっている。
2年ほど他のカメラを全く使わず、ライカでしか写真を撮らなかった時期があり、その間に光線状態を読む訓練というのが完全に体に染みついた。あれは重要な経験だったと思う。
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ひるがえって、今回落としたニコンDfというカメラは、往古の機械式カメラのようなダイヤル操作でデザインもそのような感じを纏ってはいるが、フルオートでも撮れる現代のデジタルカメラである。
歩きながら常に左手はレンズの絞り環の上、というようなライカ時代の撮影法とは違って、シャッター半押しでピントを合わせ、露出も自動制御が可能だ。
普段Dfでどのような撮り方をしていたかというと、露出モードはプログラム(絞りもシャッターもカメラ任せ)で、自分で設定するのは露出補正ダイヤルと感度ダイヤルだけ。
周囲の明暗を見て感度ダイヤルをまず回す。あとは暗く撮りたいか明るく撮りたいかだけを考えて露出補正ダイヤルを回す。いちいちファインダーや背面モニターの数字を見なくても感度と露出補正量を決められる、という利便で選んだカメラだった。ライカで培った、構えるより早く露出を決めてしまう、という考え方に意外と近いかもしれない。この方法が本当に使いやすいのだ。
それを、落とした。
自転車に乗るときカメラを入れているモンベルのランバーパックの口が開いていたのだ。さっき携帯電話を取り出して、そのまま閉めるのを忘れていた。誰のせいでもありゃしない、みんなおいらが悪いのさ。
このカメラは10カ月前に、借金して10万円(中古)で買ったものである。最近やっと返済し終えたばかりだ。さっきニコンのホームページで落下カメラの修理見積を見たら9万5千円とある。出ーせーるーわーけーなーかーろーぉぉぉぉ(滂沱)。
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しかしものは考えようなのである。
幸い全損せず、写真は撮れるし、今のところ気がつく機能的な問題は露出補正ダイヤルだけのようだ。よかった(起動不可、みたいなデジタル的最期ではなく、部分的に故障するあたり少し可愛げがある)。
ならばライカの時代の撮り方に戻ればいいのではないか。
露出補正ダイヤルというのは、オートで露出を決めるから必要なのであって、自分でシャッター速度と絞りを決める撮り方をすれば必要のないものである。
デジタルカメラにはデジタルカメラの撮影法というものがあり、プログラム露出で感度ダイヤルと露出補正ダイヤルだけを操作するというやり方は別に手抜きだとは思っていない。以前は光線状態を読むことに費やしていた神経を、他のことに振り分けて撮影できるのである。
だが、デジタルカメラだからこういう使い方をしなければならない、ということも当然ないわけで、デジタルカメラを機械式カメラのように使ってはいけない、という法もないのだった。このあたりで一度、ライカにずぶずぶだった頃の撮影方法に戻ってみるのも悪くないかもしれない。
どうせだからAFレンズは使わず手動ピントのレンズだけにしよう。
先日落としたカメラを、15年前に落としたカメラのように使うのだ。
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天気・日当たりの具合で、ライカのようなカメラは被写体を見つける前から撮影に備えることが出来る。
被写体よりも先に露出が決まるのだ。どんなAEよりも早い。
ちなみに、被写体を見つけるより早くフォーカスを合わせる方法をご存じだろうか。僕はこれをノンフィクションライター工藤美代子の祖父である工藤写真館主人から学んだのだが(工藤美代子『工藤写真館の昭和』1990 朝日新聞社、のちに講談社文庫。名著です)、目から鱗だったので皆さんにもお教えしよう。
ファインダーを覗いてピントを合わせるのではない。
あらかじめピントを合わせておいた距離まで走っていくのだ。
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