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3F/長期滞在者&more

旗振山へ

長期滞在者

先月、書き上げ間近に飛び込んできて僕の原稿を混乱させた「旗振山」情報。
今日はその続きを。

大型の手旗信号を使って20km程度の拠点間を次々中継、大阪・堂島の米相場を全国各地に伝達していく「旗振り通信」というものが存在したという話。
はたして20km先の手旗信号などというものを、人は判別できるのだろうか。
これは実地で見てみるしかない。実際に旗振山に行ってみよう、と思い立ったのだった。

検索すると近畿で旗振山と名づけれた山は何ヶ所かあり、そのうち自転車で行けそうな交野市の旗振山に決定。家から35km、ほどよい距離である。
大阪・堂島からの直線距離は21kmである。検証にちょうど良い。

自転車で淀川沿いを摂津市、守口市、寝屋川市、と北上し、旗振山のある交野市を目指す。
途上、寝屋川市寝屋という場所でいったん休憩。
寝屋という地名が先にあり、そこを流れる川としての寝屋川があり、寝屋川が流れる地域なので寝屋川市という市名がある、ということを一気に了解させる地名。妙なところで感心する。なるほど。

( ↑ 大阪北東部には典雅な地名が多い気がする。鳥飼、点野、鴫野など )


寝屋の牛丼屋でエネルギー充填、さらに走って交野市へ入る。
僕もはじめて踏む土地だ(近畿圏以外の方にはなじみがないだろうけれど、交野は「かたの」と読みます)。
例によって土手の薄いもんじゃ焼きのような地形の大阪府、山の際まではほぼ平地で、唐突に山がはじまる。

旗振山の標高は345m。さほど高くはないし、地図を見れば山頂の手前までは舗装もされているらしい。まぁ、なんとかなるだろうと自転車で登りはじめた。
標高の数字だけみると大した山ではなく思えるが、しかし山は山である。一番軽いギアに入れて途中まで奮闘するも、ぐぬぬぬ。だんだん勾配はきつくなる。息が上がる。
まだ半分しか来てない。うぐぐ。

( ↑ まるまる太ったカナヘビがいた)



自転車を降りて押して上がる。それでも重い・・・・!
僕の自転車(アラヤCXG)は一見軽そうなナリはしていても、素の車重で13㎏以上ある。キャリアやカゴ、スタンドもつけているから15kgくらいにはなっているだろう。重さだけで見るとママチャリと変わらない重量級なのである。押してるだけで死ぬぬぬぬぬぬ。
体感的な斜度は20~30度くらいありそうな苦しさだが、あとで地図上から割り出した中腹あたりの平均勾配は5.2度だった。たった10%弱の坂道。体力ないなー俺。


自転車を道脇に繋ぎ、徒歩に切り替える。
このとき一つの重大なミスを犯した。
自転車のボトルホルダーに水筒を忘れたの巻。がびびびびん。
山頂近く、舗装路が切れて本格的な山道になってから気がついた。
水・・・。
ないものはしかたがない。できるだけ喉が渇かないよう、口は閉じて歩く(効果あるのか)。                  

送電鉄塔の足元をくぐり、山頂は近いと思われるあたりで、すでに嫌な予感はしていた。
樹木が切れない。
見晴らしがない。
悪い、じゃなくて「ない」。

ものすごく地味に、山頂を示す杭が打たれていた。
そして山頂も樹木に囲まれ、旗を振った時代の痕跡も見晴らしもまったくそこには存在しないのだった。
そりゃそうだ。使ってなければ樹も伸びる。堂島どころか樹木しか見えない。まさかの見晴らしゼロとは。

( ↑ 地味な山頂)


登ってくる途中で見つけた、中腹で一か所だけ北西に眺望が開けた場所があったので、そこまで降り戻ることにする。
喉からからで自転車に辿り着き、水をあおったあと、その眺望ポイントまで戻る。
地図と照合しながらわかりやすい地点を探す。
写真右奥、山裾を回る道路が、どうやら高槻ジャンクションのようだ。

(上の画像がスマートフォン。つまり肉眼に近い画角。下の画像は300mm相当の望遠レンズ)
(Google Mapより)


旗振山から高槻ジャンクションまでは地図で距離を測ると12km弱である。
樹木で見えなかったけれど大阪堂島までは21km。これで大体の距離感が掴めた。あそこで堂島までの距離の約半分なのか。

さて、今、あの高槻ジャンクションに立って、大きな旗で手旗信号を試みるとする。この旗振山から見えるだろうか。
裸眼では厳しいかもしれないが、ある程度の望遠鏡があれば判別できるのではないか。12kmというのは高所から見ると案外と近く感じる。

問題は堂島までの21kmが可能かということである。残念ながら堂島のある西側は樹木に遮られて検証できない。
今より空気も澄んでいる江戸時代であっても、そう簡単ではない気がするのだが。本当に21km先の手旗を判別できたのだろうか。
もしかしたら平地に櫓を組んだような中継地があったのかもしれない。高層建築のない時代なら、一ヶ所でも中継すれば確実に連絡可能だったと思う。

なぜこうも旗振山が気になるかと言えば、実はもう一つ理由があったのである。

澤田瞳子の小説に平将門の時代を描いた『落花』という名篇があり、この本を好きで何度か読んでいるのだが、この本のクライマックス、将門最期の戦いを3、4里離れた山上から見た光景として描写するところがあり、ここだけがちょっと引っかかっていたのだった。

3、4里というが、3里としても12kmである。
12km先の戦闘風景がちゃんと見えるだろうか?
たとえば馬蹄にかけられた人の頭が弾けて赤い花が咲く、などという情景が12km先から見えるのか。好きな小説だけに、妙にこの部分だけが気になっていた。
現実に見た光景を描写しているのか、それともある意味幻視的な、なかば空想的な場面として描かれているのか。

そんな疑問を抱く中、20km先の手旗信号を読むという旗振り通信のことを知ったのである。そんな遠方の手旗信号を視認できるという。そうなのか。本当なのか。
ならば『落花』のあの場面も、幻想的描写ではなく、実際に彼らの「見た」光景として読まねばならないわけだ。
そういう意味もあって、旗振山について、興味を抱いたのだった。

現実に、高槻ジャンクションの12kmまではどうやら視認できそうだという感触を、実地に見て体感できたわけである。
しかし、それは大型の旗であればの話である。
馬に踏まれた頭が割れて赤い色が見えた、などというのは、いくらなんでも無理ではないか。

・・・あ!

まさか。

思いついたことがあって、あわててWikipediaに検索をかける。
とんでもない勘違いを、僕はしているのかもしれない。

1里=4km?
将門の時代もそうだろうか?
おお、やはり、中国由来の「里」は元々500〜600mだとある。約4kmの日本式「里」が定着するのは、将門よりもっと後世の話なのだ。
だったらこの小説の3〜4里という表現は、つまりは2kmほど先ということになる。
それなら見えるはず。うん、見えそうだ。
(上の俯瞰写真で手前に見える高架道路までが約1.5kmである)
なんだ、そういうことだったのか。

というわけで今回も締まらない終わり方ではある。
が、まぁ、いろいろ解決することもあって良かった。調べてみるもんだなぁ。

(Wikipedia)


カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

少しばかり、バックパッカーをしたことのある人間ではあるものの、そういえば旅行記というようなものは読んだことがない。
読書自体、小中学生時代はそこそこ読んでいた方だが、現状はかなり少ない。いくつか楽しみにしている漫画を発売のたびには買うのだけれど、それを除けば年間10冊に届かないだろう。漫画を入れても20はないな。年間購入数で言えば、写真集だけで30冊を超えたことはあったけど。苦笑

カマウチさんの連載は、土地に関するお話が時々登場する。
その度にかなり前のめりに読んでいる。
昔は本を読んで情景が浮かぶことは普通だった。今は昔に比べ、かなりそれが下手になったなという実感がある。
読書量が減ったのは、単に忙しさもあるのだけど、一番の理由は以前はあんなに楽しめた読書が、読書に必要なさまざまな能力が衰え、昔より楽しめないということに自分自身ガッカリして手が伸びにくくなっているというのが大きい。
これは筋トレやランニングととても似ていて、継続してして取り組んでいた時には簡単に走れていた距離がしばらくサボっているうちに歩くのも辛くなり、「あれ???」となるのと本当に似ている。
このくらいの距離、久々でもいけるだろ、という感覚的な予想を軽く裏切られる。それがまた本当に、腹立たしいほど、軽ぅ〜く。
その軽さっぷりに、ガッカリ、ゲンナリ、情けなく悲しくなるのだ。そしてまた読書という習慣から足が遠のく。
けど、この前のめりの感じ、あれれ。

元々よく読んでいたのは小説か実用書系。あまり歴史物とか自然のこととか技術のことに纏わるような、ダイレクトに知識になりそうなものは読めていない。エッセイの類もあまり読んでこなかったかも。
そしてここで気づいたのだ。

あれ、もしかしてわたし、旅行記とかも好きなのかもしれない。
旅は好きだけど、旅行記読もうと思ったことがない。一回もない。ということに。

元々旅にさして興味はなかった。
旅行の思い出にそんなによいものもなかったし。海外にも特に行きたいとか思わない自分だった。ただ、二十代半ばにしてワーホリ中の友達を訪ねたのがきっかけで、まだ経験は浅いものの、バックパッカーになってしまった。すっかり今はこのコロナ禍で旅に飢えてて半べそになっているわたしが居る。
今こそ旅行記に手を伸ばして、読書の面白さを思い出しつつ、旅への気持ちも、有り余るくらいにふかしておけばいいのでは?
カマウチさんが、知らない街を歩かせてくれるのがとても上手いだけかもしれないけれど。
カマウチさんみたいに長距離走れる自転車も持ってないし、まだもう少しの間、お家でゴロゴロ、知らない街を歩くのも良いかもしれないな。

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