雨の中、道に倒れている人、というのを見たことがあります?
中島みゆきの「道に倒れて誰かの名を呼び続けている人」ほどではないにしても、なかなか目撃しないものだと思います。
ところが、なぜか僕は今まで何回も見たことがあるのです。何回も。ついこないだも。
うちの近所の居酒屋の前で、大雨の日、酔っぱらってうつぶせに昏倒した若い男がそのまま水たまりの中で起き上がれず、水に半分顔をつけて寝たままゲロを吐く、そしてそのゲロが水たまりの中に溶けてゆく・・・という美しくない光景を目撃しました。
昏倒するまで飲むなよ、もう。11月の水たまりは冷たいだろうな。
一緒に飲んでた友人たちが介抱していたので、その後どうなったか知らないのですが、大丈夫だったのかな彼。
そんな光景を見て・・・あれ、そういえば「雨の中倒れてる人」って、今までに何回も見てるな俺、と昔の記憶が蘇ってきた次第。
一人目は推定70歳くらいの爺さん。
10年近く前だろうか、降りしきる雨の中、夜、幹線道路わきの側道(車道です)の真ん中に、傘を投げ出して大の字に寝ている爺さんがいたのです。こらこら、危ない。轢かれて死ぬぞ。
何があったのか知らないが、仰向けにひっくり返って顔を豪雨が叩くのも気にせず、うっすら笑っているのである。
僕は雨の中レインコートを着て自転車に乗っていて彼を発見したわけですが、まぁ、看過はできないので、自転車を降りて、歩道まで爺さんを抱え上げてから話しかける。
「だいじょぶですかー」
「ほっといてくれてええぞ。ただの酔っ払いじゃ」
「いやいや、車道で寝てたら轢かれて死にますよ」
「死んでもええわー。んははは。あの女ども、こんなジジイから4万も5万もふんだくりやがってー。地獄に落ちろー。んははは」」
ボッタクリな店で暴力でも受けて放り出されたのなら同情もするが、笑ってることだし、そういうのではないのだろう。とはいえ、春とはいってもこんなところで全身ずぶ濡れでは体に悪かろう。
「おっちゃん、家は近いん?」
「阪神(尼崎)のちょいと南じゃ。あははー」
「歩いて帰れる?・・・って、無理そうやな」
「だいじょぶやー。ほっといてくれー」
「そういうわけにもいかんわ」
全身ずぶ濡れなのでタクシーも迷惑がるだろうし、ただの酔っ払いに救急車呼ぶのもどうかと思うし。しかしまぁ、救急車に迷惑をかけるのか、タクシーに迷惑をかけるのか、考えた末、ここはタクシーに泣いてもらうことにした。
「おっちゃんタクシー代は残ってる?」
「うう、たぶんあるで」
幹線道路の側なのでタクシーはすぐに見つかる。しかしずぶ濡れの男を運ぶなんて、当然運転手も嫌がった。2台フラれたあと、3台目のタクシーの運転手さんが優しい人で、たまたまブルーシート持ってるから、と後部座席にブルーシートをかぶせ、ずぶ濡れの爺さんを運んでくれた。親切な人だったなぁ。あの運転手さんに幸が降っていますように。あ、ついでに爺さんにもね。
もう一人は、わりと最近である。1年ほど前だったろうか。
尼崎市役所近く、橘公園の近くの歩道橋のある交差点で、歩道橋の支柱の脇に、肉体労働者的な感じのおっちゃん、まぁ六十代半ばくらいだろうか。小さいけれど筋肉質な感じのおっちゃんが、うつぶせに「気をつけ」するように寝ているのである。顔を真下に向けて。いやいや、ぎょっとしますよ。なんで「気をつけ」の形なの。
これも雨の日であったが、幸い歩道橋の真下なので直接雨に打たれているわけではない。しかしだからと言って濡れた地面に顔をつけて寝ているおっさんを、無視して通り過ぎるのも忍びない。
「おっちゃん」
返事はないが、うむむむ、とか唸り声は聞こえるし背中は呼吸で上下しているので死んでるわけではなさそう。
「おっちゃん大丈夫か」
ふと下を向いた顔の横を見ると、濡れた地面にうっすら血が滲んでいる。おっちゃんは朽ち木を倒すように真っすぐうつぶせに倒れ、おそらく顔から落ちて口の中を切るか鼻血を出すかしているらしかった。酒臭いので、酔って躓いてそのまま倒れたのだと思われる。ちょっとまずい感じである。
「おっちゃん、大丈夫か。立てるか」
起こそうとするとおっちゃんはしかし「あーっ!」と嚙みつきそうな勢いで抵抗する。その時見えた口の中は血で真っ赤であった。歯も折れているのかもしれない。
「救急車呼ぶわ。口の中怪我してるやん」
「ようえあおおえんでえ〇×▲(よけいなことせんでええ、と言ったのであろうが口を怪我してるので不明瞭)」
「あかんあかん、血出てるやん。救急車呼ぶで」
スマホで救急車を呼ぼうとすると、おっちゃんはなぜかそれを嫌がって「あー」とか「がー」とか犬のように僕を威嚇するのであるが、なんせ言語不明瞭で嫌がる理由もわからない。
口の中と鼻が血まみれのおっちゃんに喚かれる場面を想像してほしい。怖えよ(酔いつぶれていて立てるわけではないから暴力を受けるような危険はないのだが)。
がーがーいうおっちゃんを何とかかわしながら救急車を呼ぶ。到着するまでの5~10分もおっちゃんはわめいている。僕ではない、思い出の中の誰かに対しても文句を言っている気がする。
救急隊員が来てもがうがう吠えていたが、なんとか押し込められて病院に向かっていった。
まぁ、尼崎だからね、と言ってしまえばそれまでであるが(とほほ)何故か雨中に倒れるおっちゃんと遭遇する率の高さよ。僕の前世は雨の中で酔って倒れて死んだ人なのだろうか。
同じ場所で再現写真撮ってきましたよ。寝てるのは僕ですけど。↓
・・・・・・
実はまだあるのである。
なんでやねん。何回出会うのか。ほんとどういうこと?
今住んでる家に越してくる前に、同じ尼崎市内の尾浜の借家に住んでいたときの話である。
早朝6時頃だったと思うが、いきなりインターホンに叩き起こされた。もちろんぐっすり寝ている時間だ。くそ迷惑な・・・とインターホン越しに見れば、見知らぬ女性(60代くらいか?)が強張った表情で立っている。こんな早朝でなければ宗教の勧誘だと思って応対しないところだが。
「はい、どうしました?」
「あ、あんたんとこの玄関、人が、人が」
「人が?」
「死んでるかもしれへん」
「は!?」
慌ててサンダルをつっかけて外に出る。外はしとしとと夜中からの雨が続いている。
門の外におばさんが傘をさして立っており、その足元に、本当に、若そうな女性が背中を丸めて自分の膝を抱くようにして横向きに転がっている。
横顔を見ると二十代くらいであろう。夏の朝ではあったが一晩中雨が降っていたので小雨とはいえその女性はずぶ濡れだ。長いまつ毛に玉のようにとどまる水滴。顔色は蒼白い。
おばさんと僕と二人でかがんで倒れている女性を観察する。下はルーズめのデニム、上は短いTシャツを着ていて、背中が出ている。息をしているのかどうかもわからず、おばさんと二人、目を凝らすがよくわからない。息の動きが見えない。
意を決して、僕が、その出ている背中に手を当ててみる。
・・・冷たい!
まぁ、どのくらいの時間雨に濡れていたのか知らないが、体の表面が冷えきっていたのだろう。しかしこっちとしてはやはりビビるわけである。
「どうしましょ、冷たいです!」
「・・・あ、ちょっと待って、今」
おばさんが女性の顔を注視している。鼻が動いた気がするという。
「生きてはるわ!」
顔面蒼白だったおばさんは、生きているとわかった途端に安心して大胆になり、女性の背中をぱんぱん叩いたり頬をつついたり、
「あんた、なんで雨の中寝てるの! 起きなさい! 風邪ひくよ!」
おばさんと一緒に女性を抱え上げ、とりあえず座らせる。うつろな目をしているが、まぁ、生きている。アルコールのにおいがする。なんだ、結局また酔っ払いか・・・。
生きているとわかった途端に、元来おせっかいそうなおばさんの本領が発揮され、あんた家どこ。名神町? ここ尾浜やで。何で寝てたん。体冷とうなってるやん。ほら、歩いて。おばちゃん送っていったるから。はい、歩けるか。あ、お兄さん、びっくりしたよな。ほなわたし、この子送ってきますわ。ほなねー。
「・・・・」
まぁ生きてて良かったですけど。
ほんとにね、道端で眠るくらいまで飲むなよーどいつもこいつも。
書いてたらどんどん思い出して、もう一件、夜、僕の目の前で傘さして自転車乗ってたおばさんが、これも酔ってたのだろう、転倒してそのまま溝にハマり、溝の中で頭から血を流すという現場に遭遇した。2年位前かな。
僕が救急車を呼んだのだが、同じような話を連ねてももう飽きてきたから、詳しく書かない。
僕が何かを引き寄せるのか。それともそういう町に住んでます、というだけなのか。
よくわからないのです。