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3F/長期滞在者&more

ダルメシアン氏は闇の中 (そして大事なお知らせあり)

長期滞在者

スポーツ系の自転車にはフレームサイズというのがあって、同じ種類の自転車でもいくつかの大きさのパターンが用意されている。身長や股下長から割り出した「適正サイズ」の自転車に乗るべきである、といろんな自転車サイトを見ても書いてある。
でも僕はこれをあまり信じていなくて、そもそも僕は今乗ってる自転車の前に、今から考えるとえらく小さな自転車に乗っていた。5年もそれを使っていたので今さら「サイズが大事」とかいわれてもよくわからないのだ。

その自転車を買ったのは有名な某量販店で、自転車がフレームサイズというものを選べるということを知らなかった僕は、店員さんに「これください」と指をさした、まさにその指の先の「これ」を売られたのだった。
あとから調べればその製品は2サイズ展開で、明らかに女性をターゲットにしているであろう「小さい方」を買わされたのである。
ちゃんとした店員なら「お客様ならこちらのサイズですね」と説明をするべきだと思うのだが、その店員さんはクソ律儀に「これ(この種類)」を「これ(文字通りのこれ)」と判断したのである。知らない僕が悪いのか? そうか? そうなのか?


クロスバイクというのはこじんまりしたものなんだなぁ、と疑問も抱かずに、大きくハンドルを切るとき足に前輪が当たってしまうのも「こんなものか」と思い、その小さな自転車で山越えありの100㎞とかパワフルな乗り方もした。そろそろその自転車が限界を迎えて次の自転車を買うための勉強をするまで、自分が「やけに小さいサイズの自転車に乗っている」ということに気づかなかったのである。

新しい自転車を買った、その帰路に思ったことは
「この自転車デカっ!」
ということだった。
いやいや、これが適正サイズなんだけど。
ハンドルが遠い。車両感覚も今までと全然違う。
1年半その自転車に乗って、そのデカさに慣れたかというと、慣れはしても今でもなんだか小さかったクロスバイクのせせこましさを懐かしく思うときがたまにあって、その前の5年で身についた感覚というのはなかなか手ごわいものらしい。

自転車に限らず、道具というものは、結局使う人と使われる道具の一対一の関係の中でしか語れないものである。
小さすぎるはずのその自転車で走った記憶が今の自転車のものより不快だったかというとそうでもなく、キビキビと小回りの利いた感じは今思い出しても悪くない自転車だったなぁと思える。
本当は小さすぎるのかもしれないが、5年という歳月をかけて僕の体がその自転車に合わせていったということなのだ。

・・・・・・

カメラについても同じように思うことがあった。

最近買ったカメラがあるのだが(5月のコラム参照)、このカメラというのがまぁ、当初思っていたよりもとんでもなく鈍重なカメラで、いちいちレスポンスの悪さにイライラさせられる。イライラするだけならまだしも、実際にレスポンスの悪さのせいで撮り逃すことが度重なると、もうコンクリの地面に叩きつけてやろうかと思うくらいに恨みがつのった。

ある夜中、なにわ筋を自転車で通行していたら、交差点の向こうからスケボーに乗った金髪ロン毛で全身ダルメシアン柄のツナギを着た謎の男が、悠々とした速度でこちらに渡ってきた。夜中で、交差点の真ん中だけが明るいような、まるで金色のスポットライトの中を進んでくるような不思議な光景だった。
奇矯な、というだけの理由で見知らぬ他人の写真を撮ることの是非はここでは措く。しかしそれはあまりに妖しくも神々しい光景だったのだ。これはどうしても撮らねばならなかった。
自転車を停め、即座にダルメシアン男にカメラを向ける。
しかしスリープ状態になっていたカメラはシャッターボタン半押しを繰り返してもなかなか撮影可能状態に復帰しない!
ようやくファインダーに撮影可能を示すフレームが現れたときには、ダルメシアン氏は僕を通り越して背後の闇に悠然と消えてしまったあとだった。

・・・こういうことが起きると本当に心荒むものである。 
かろうじてカメラを叩きつけるのを我慢したが、思わず夜中の交差点で悪罵を吐いた。クソがっ!  クソがっ!   クソがっ!

クソ(×3)とは言いつつも、目的があって買ったカメラである。自転車に乗るとき、あまり奥行きのあるカメラ(一眼レフ等)はストラップで斜め掛けにして体に沿わせても漕ぐ脚にカメラが当たってしまうので、レンズ一体型のコンパクトなカメラの中から、求める仕様に合ったものを選んだのだ。
これを買うための金策に大事にしていたレンズを売ったりもしている。
クソカメラだからといって「じゃぁもう要らない」と思うわけにもいかない。クソと思いつつも、なだめすかすようにこのカメラを使い続けた。

そうこうするうち、いつのまにかこのカメラを使い始めて5ヶ月経っていたのだけれど、気がつくと、このカメラに向かって「クソがっ!」と叫んだ記憶が、かなり遠のいている。
もちろんこの5ヶ月でカメラの性能が何故かアップしたわけではない。なのに腹が立たなくなっているというのは、僕がこのカメラのテンポにいつのまにか慣れたということである。

今もう一度同じ状況でダルメシアン男と遭遇しても、同じようにこのカメラは交差点の真ん中でスポットライトを浴びる彼を撮り逃がすだろうが、いつしか僕がカメラにそういう性能を求めなくなったということなのだ。
鈍重なカメラかもしれないが、その鈍重に合わせるように僕の意識も変わってきている。
もう一度彼に遭遇したら? そしてやはりスリープからの回復が遅れてしまったら? 
悲しそうな声で彼に訴えればいいのだ。
もう一回撮らせてもらえないだろうか!

写真というのは、撮影者と写真機の共同作業である。
カメラの性能だけが際立つ写真というのも面白くないし、逆に我執ばかりずぶずぶになった写真というのも、突き抜けたものがなければただ息苦しいものである。
撮影者が道具と一緒にそこにいる。そこから始まるのが写真なのだ。運動神経の良くないカメラとともに作る写真も、それはそれだ。
むしろ道具によって変わる、道具に変えられる自分を観る。それも写真の面白さの一つかもしれないと思う。


◆◆

さてお知らせです。

いつもこの欄のレビューを担当してくれている藤田莉江さん。
彼女が企画・編集・発行した

『The language – Featuring 13 photographers』

という13名によるオムニバス写真集が刊行されました。

わたくしカマウチヒデキも参加しております。
自分が載ってる写真集を激賞するのもはしたない話ではありますが、ものすごく良い本に仕上がっております。良いです。藤田莉江、素晴らしい仕事です!

メンバーは

okajimax
赤堀 あゆみ
藤原 勉
田浦ボン
藤田 莉江
岩森 洋介
カマウチヒデキ
兒嶌 秀憲
勝山 信子
太田 恭史
谷口 円
ゴトウコウジ
数井 佐弥子 


(表紙装画 : 栗原 由子

A4変形 128P 2200円(税込)

ビーツギャラリー 
ギャラリー・ライムライト 
ギャラリー・ソラリス 

にて取扱いしております。

通販ご希望の方はこちら(送料+370円)
https://fujitaries.stores.jp/
(↑ storesページ内、少し内容を見ることが出来ます

よろしくお願いします。
ほんといい本ですよ!

カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

道具を作るのも人間で、それを選び使うのも人間である。しかし道具によって変化するのは人間の方だったりする。
それを俯瞰でしげしげとみる眼差しというのは、手元の道具と自分という距離感ではなくなって初めて持てるもので
よくよく、その道具を自分のものとして使い熟すことがその視点の高さにのぼれる条件なのではないかと思う。
道具を見つめ、道具を使う自分を見つめ、そうしてやっと、本当の意味でその道具を使う人となれるような気がする。
自分はなかなかそうはなれてないな、と思いながら読んだ。

道具に(人の方が)使わされる、という表現をすることがあるが、カメラはその最たるものの一つだと思う。
過去、カメラは「写真師」と呼ばれる者しか使えないような時代があった。
しかし今や誰でも簡単に写すことが叶う。現在のカメラは賢すぎるくらい賢い。

使い使われ、時に負けながらも根気よく手に持つということ。
そうしながら「何か」を掴んでいき、使う側になってゆく。
手に負えない道具を手のうちにしてしまうまでの間に、カメラなんて特にその経過が全て(時に秒以下刻みで)写真という結果にありありと残ってゆく。
これというのはなかなか他の道具にはない、えもいわれぬような残酷で生々しい面白さではなかろうか。

所謂「撮れちゃった」写真も、全て含めてその人のものだと思うから、じゃじゃ馬だったり打っても響かない子たちを
宥めすかしたりやりこめたり褒めちぎったりしながら、その道具との共同作業を重ねてゆくのも、どこか
倒錯的だと自覚しつつ、わたし(レビュワー)は好ましく思う。
自分の場合はトライアンドエラーを繰り返しつつ使い熟す、というよりは、使われるのに慣れるという馴染み方をしてしまう気がするけれど。

そういう部分も写真(カメラ)の好きな部分だと思う。



さて。ありがたく宣伝も大々的にいただいてしまいまして恐縮です。
この度レビュワーとしてお世話になりつつのカマウチさんにこんなところでもお世話になってしまいました。

大先輩方にわがまま放題を言いまして、
「こんな本が欲しいから作る!!作らせてください!!!!」
と突如言い出したのが、こんな世の中になるとは思ってもみなかった1年半前でございました。

なかなか自由に出歩けないコロナ禍のなか、従来のようには写真を鑑賞することを楽しめない方も多くいらっしゃるかもしれません。
そんな方にも、本という形でしたらいつでもどこでもお楽しみ頂けると思います。

もし気になる方、よろしければご覧いただけますと幸いです。

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