会話の中でパンセクシャルという単語が出てきた。
正確に定義を理解しているわけではないが、パン=全体から、なんとなく想像できた。
こうしたなんとなく理解していることが多い。
突き詰めたい欲求が薄いからなのか。
なんとなく理解していることを、あたかも正確に理解している風に答案を書くことで、これまでなんとか切り抜けてこられたからか。
大抵の料理が美味しく感じるのも、食材の味を突き詰めて舌で判断しているのではなく、なんとなくの美味しさ、なんとなくの懐かしさを優先して感じているからだろうか。東南アジアの屋台で食べる飯がどれも自分好みの味だなと思ったら、味の素が入っていたからだった。
このアパートメントでも、ずっと同じような気がする。
なんとなくの文体があり、伝えたいなんとなくの事柄もあって。
いずれチャットGPTでも、言葉の定義を突き詰める訳でもない、こんな感じの文章が書けてしまうんだろうか。そもそも既にもう実現できてるのかもしれないが。
「すごいよマサルさんの田中スーザンふ美子のふの部分だけひらがななのってすごいですよね」という会話が忘れられない。
平日開かれていた幡ヶ谷の地下のイベントの最後に、前歯の上の歯茎がパックリ割れて、帰りに新宿三丁目で降りてドラッグストアで塗り薬を買って、伊勢丹の向かいの交番の鏡で歯茎にデントヘルスを塗った。
こないだ、仕事から帰宅して直ぐにタコスを作って、ジントニックを作って飲んだ。どちらにもライムを使えるからお得だ。
幡ヶ谷でフラっと入ったバーで、アメリカからやって来たパンク好きの若いマスターに「今年横浜でDamnedを観た」と伝えたが、発音が悪かったのかなかなか伝わらず、結局Spotifyの画面を見せてようやく伝えられた。その後BGMにClashを流してくれた。