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3F/長期滞在者&more

藝術草子 France⇆Japon/épisode 3「絵本」

長期滞在者

絵本が大好き.

月

(「いねむりのすきな月」 絵・文 石崎正次 ブックローン出版 1990年)

「ある国に、いねむりばかりしている月がいました。

昼はもちろんのこと、

夜になってもいねむりをしているものですから、

おかげで、この国の夜はまっくらです。」

好きな絵本を挙げろと言われたら、あまりに多過ぎて紹介しきれないけれども、「いねむりのすきな月」は、その画の美しさから、設定の自由さから、展開のチャーミングさから、お話全体を包む優しいファンタジー性から、あますことなく愛おしいと思える絵本だ.

夜が暗いと、お祭りもできないし、お出かけだってできやしない.困った王様は、月を起こしたものには城をくれてやる!とおふれを出す.野心家達は、我こそはと名乗りをあげ、手品やロケット、あらゆる工夫で月を起こそうと奮闘するが...(エンディングはあまりに素敵で是非読んでいただきたいので、ここではネタバレを控えることとする)

作者の石崎正次さんは美大で油絵を学んだ後、ヨーロッパへと渡った人.現在は国内で彫刻も制作している.幻想的な画風、人物のたっぷりとした袖などは有元利夫を思わせる.

月 アルルカン

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同じ日本人の絵本作家でも、「スーホの白い馬」(福音館書店 1967年)で有名な赤羽末吉さんは、日本画の手法を絵本に取り込んだ作家だ.「かさじぞう」「ももたろう」「鬼のうで」「ほしになったりゅうのきば」等の絵本を手掛けている.児童文学への永続的な寄与に対する表彰として贈られる、国際アンデルセン賞を受賞.好奇心旺盛で旅好きな人だったらしい.若い頃を満州で過ごすが、その間にモンゴルなどへも出かけている.大陸の乾いた大地や、中国の伝承など、赤羽さんの作品には満州で過ごした十数年間の影響が色濃く表れている.

彼ほど見事に空白の重要性および詩との協調性を絵本に収めている作家を、私は他に知らない.

スーホ

17世紀日本の指導的な画家、土佐光起(1617-1691)は、その著書「本朝画法大伝」の中で以下のように述べている.

「すべて画をかくに、墨画ばかりによらず、極彩色なりとも、大方あっさりとかくべし。模様ととのはざるがよし、添物も三分一ほどかきたるがよし。詩歌の心をかくとも、みな出すべからず、思ひ入れを含ますべし。白紙も模様のうちなれば、心にてふさぐべし。異国の画は文の如く、本朝の絵は詩のごとし。画は詩のかたち、詩は画の意ともいへり。」

画面を埋めることが総てではない.言葉を並べすぎるのもスマートとは程遠い.人の想いが入り込む余白を残しておくことが、日本画において大事なのだと土佐光起は説いている.

制作時期にもよるが、赤羽末吉の品は画面が広い.「スーホの白い馬」は特にそうだ.余白を残した大胆な画面構成と、細部を省略した潔い線.のびのびとした画と、簡潔な文章が、読み手の想像力を掻き立てる.

こうした読書体験を豊かにする余白の存在や、詩の味わい深さを引き立てる画面の簡潔さ、画と詩の響きあいは、本阿弥光悦と俵屋宗達の共作を想起させる.

スクリーンショット(2016-12-08 15.04.36)

(重要文化財 鶴下絵三十六歌仙和歌巻 本阿弥光悦筆・俵屋宗達画 部分)

来年1月15日まで、東京上井草にあるいわさきちひろ美術館にて、《赤羽末吉〜中国とモンゴルの大地》展を開催中.とても丁寧で居心地の良い美術館なので、お散歩ついでに是非.カフェも充実していて、ついつい長居してしまう.

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フランスの絵本は、哲学的なものが多い気がする.哲学的というと大げさだけれども、要は子供を子供扱いせず、「小さな大人」として扱うのだ.哲学者であるOscar Brenifierは大人向けにも子供向けにも沢山本を出していてる.私が気に入っているのは、Qui suis-je?(私はだぁれ?)やQuestion sur Dieu(神さまって?)、Le Sens de la vie(生きる意味ってなぁに?)やL’Amour et l’Amitié(恋と友情)など、普遍的な問いを扱ったシリーズだ.これらは、学生時代にゼミのフランス人教授が紹介してくれたもの.

子供も大人も対等な関係で物事を「考える」書籍が多いのは国柄だろうか.こうした絵本を眺めていると、映画「小さな哲学者たち」を思い出す.

ちいさな哲学者たち

それはフランスのとある幼稚園で始まった、子ども達による哲学授業のドキュメンタリー.3歳、4歳児だからこそ、コトバが使い古されていないところが素敵だ.”Réfléchir c’est comme rêver”(考えるってね、夢見ることと同じなのよ)という小さな小さな女の子のコトバは今でも印象的.

仏国のZEP(教育優先地区)では、2〜16 歳の生徒を援助する様々な対策が実施されている.内容としては、1クラスの人数を25 名までに制限して展開される授業、各学校と教師への追加の資金援助、芸術文化に関するプログラムの充実等がある.これらのプログラムの一環として行われているのが、ドキュメンタリーの主題となっている「幼稚園での哲学授業」だ. 子供たちの議論を聞いていると、4歳にして既に思考の骨格ができていることに驚く.差別主義、自由主義.ヨーロッパ系、東アジア系、インド系、あらゆるバックボーンを持つ子供たちが発言する(考えを、言葉にして、口から出す). 善悪について、家族について、はたまた恋人の定義まで.「恋人でいるためには、喧嘩したら謝らなくちゃいけないのよ」「友達はほっぺにちゅーで、恋人には口にキスするの」

原題もいい. 《Ce n’est qu’un début》(これは始まりに過ぎない) .実際授業を受けた子供たちの将来のみならず、フランスにおける教育の未来をも感じる、コレカラ、ココカラ感. 自由の絶対値.ストレートな疑問.素直に考えるレッスンだ.

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話を絵本に戻そう.「ももいろのきりん」はポップでキュートなファンタジー.絵本が想像物である利点をたっぷりと生かしたお話で、 色の洪水に目眩を覚えるし、主人公達の迷いのない無敵さは読み手の心を自由にしてくれる.

クレヨンの木

著者は「いやいやえん」や「ぐりとぐら」シリーズで有名童話作家の中川李枝子さんだ.(絵を描いているのは、夫の中川宗弥さん)

主人公の女の子るるこは、お母さんから部屋いっぱいになるぐらい大きな桃色の紙をもらう.大喜びのるるこは、のりとハサミとクレヨンで大きなキリンを作りはじめる.できあがった桃色のキリンの名前は「キリカ」.ところが雨がふってきてキリカの首のきれいな桃色がはげてしまう.キリカの首を再び美しい桃色に塗り直す為、るるこはキリカに乗って「クレヨン山」にむかうのだ.山には檸檬色の猿、葡萄色の尻尾を持つリス、オレンジ熊、ブルーのウサギ、その他たくさんのカラフルな動物達が登場する.

そして、クレヨンの木!!!数えきれないほどのクレヨンのなった木にはすっかり心奪われる(今も昔も).小さい頃、手持ちのクレヨンセットに新しい色が加わる度にウキウキしたのを思い出す.6色から10色へ、10色から12色へ、そしてついには24色….数多ある色を通して、私は世界と己の心象風景を描いて遊んだのだった.そんな子供が、クレヨンの木に憧れないわけがない.

「ももいろのきりん」は構図も展開も鮮やかに大胆で、今読み返してもキリカに乗ってどこまでも行けそうな気がしてしまう.

 

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大人になっても読み返すと身体が反応してしまう絵本というのがある.子供の頃に心が覚えてしまった色彩、感覚、憧れ.

「ルピナスさん」(絵・文バーバラ・クーニー ぽるぷ出版 1987年)は、幼い私の憧れだった.物語に出てくる色とりどりの、しかし控えめな、柔らかな花たちは、思い浮かべるだけで心躍るものばかり.

海辺の町に住む赤毛の少女アリスは、航海士のおじいさんから色んな国の話を聞かされて育つ.大人になったアリスは司書の資格を取って図書館であまねく知識を吸収し、自らの目で世界を捉えるために旅に出る.南の島の村長さんと仲良くなったり、ラクダに乗ったり、真っ白な建物ばかりの町を歩いたり.

絵を描く

図書館

ラクダ

月日は巡り、彼女は小さな海辺の町に移り住む.そして街中に花の種を蒔く.自転車に乗って、歌うように.自然と町の人々は、彼女をルピナスさんと呼ぶようになる.

種をまく

歳を取ったルピナスさんは、眺めの良い小さな小屋で一人暮らしを始める.ベッドで過ごすことが多くなった彼女だが、寝室からは街中に咲き誇るルピナスの花が見えるのだ.淡いモーヴ色、桜のようなピンク、空のようなブルー.そしてほんのりくすんだ黄味茶がかったグリーンの草原.

初めてこの絵本に出逢ったとき、ルピナスさんの自由奔放さと、彼女の優しさを象徴するような花々にうっとりした.ルピナスさんが町中に種を蒔くシーンは特にお気に入りで、見飽きることなくページを開いた.
エミリー

バーバラ・クーニーの絵本に出てくる女性はみんな勇敢で自由だ.「ルピナスさん」だけでなく、詩人のエミリー・ディッキンソンを扱った作品「エミリー」もそう.これらの物語には両親も出てこないし、結婚もしないし、子供もつくらない.潔く孤独で美しく、自分たちの人生に誇りを持って生きている主人公達.

全体を通して、美しい調度品に溢れる部屋、異国の街並、豊かな森など、落ち着いた色彩の画面が続く.ときめきはあれど、うわついていないところが、バーバラ・クーニーの絵本の品の良さだ.

 

こうした作中の静けさと、地に足の着いた高揚感、気高い自由さ、そして花々の柔らかい色彩は、私の血となり肉となっている.自分が選ぶ家具やネイルの色を見ていると、つくづく絵本になぞらえたようにヨーロッパ好みだなぁと思ってしまうもの.きっとそれは、私がフランス育ちだからというだけでは説明できない.

これからの未来も、ルピナスさんやエミリーのように、孤独を恐れず毅然とした態度で、しなやかさとたっぷりの愛を携えて生きていきたい.

 

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その他、是非手に取ってほしい絵本たち:

ブリキの音符、夜の木、うさぎのくれたバレエシューズ、ちいさなおうち、てん、フレデリック、マシューのゆめ、わたしのワンピース、すてきな三にんぐみ、お月さまをめざして、荷車ひいて、こねこのぴっち、ちびくろさんぼ、3びきのくま、ルリユールおじさん、わすれられないおくりもの、ピーターラビットの物語、おさるのジョージシリーズなど.

Leiko Dairokuno

Leiko Dairokuno

フランス・アルザス育ちの、和装好き.通訳・翻訳・字幕監修、美術展づくり.好きな色はパープルと翡翠色、パリのブルーグレーの空と、オスマン調のアイボリー.Aichi Triennale 2019/ Tokyo Art Beat/ Dries Van Noten/ Sciences Po. Paris/ Ecole du Louvre.
ご依頼はleiko.dairokuno(@)gmail.comへどうぞ.

Reviewed by
寺井 暁子

礼子さんの手ほどきで、絵本の中を散歩している気分。

お月様はどうやって起きたんだろう?
白いスーホと赤い服の少年、黄金の草原。
ピンクのキリンは何色を纏ったんだろう。
私だったら何色を選ぶかしら。

クレヨンの木にはきっと、想像すればするほど、願えば願うほどに沢山の色が生まれて。
ルピナスさんの旅した景色にも、目を凝らせば凝らすほどに沢山の色を見つけることができる。

ページをめくるたびに心が踊った、小さい頃の絵本遊び。
今あらためて訪ねてみると、自分の想像の世界にも本当はいくらだって色を重ねていけると気づく。

「考えるってね、夢見ることと同じことなのよ」
ある小さな哲学者がそう言ったように。夢見ることを続けていったら、きっと大人の私の日常だってもっと色づくはずなのだ。

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