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3F/長期滞在者&more

月と眼の話

長期滞在者

東の空に高く月が上がっていて、東に帰る僕の自転車の先にずっと架かったままなので、冴え冴えとしたその姿を眺めながら漕ぐ。
風が強く、雲も速い。
ずっと月を見ているからそれが定点となって、雲の流れの速さがわかる。
月をさまざまな形の雲が包んでは去り包んでは去り、じっと見ていると、中心の月がいろんな輪郭の生き物の眼球に見えてきた。
眼球は変わらないが、それは漸次外形を変えて、最初は蚤のような頭の小さい昆虫の目に見えていたものが人間の胎児のようになり、ウッドペッカーのようになった次にはバカボンパパに見え、さらに崩れて南の空へ散っていった。
物凄い速度である。

いつもは空の一点を軸にして雲を観察することなんてない。
たまたま進行方向真ん前に基準となる月が動かずにあったために、三十分くらいかけて雲の流れを目で追いかけるという面白い映像体験を得た。
雲が流れて刻々と位置を変えるだけでなくその形状も相当な速さで変化し続けているのを飽きず観察して、いつのまにか寒さを忘れた。
こういう映像には写真はかなわないんだよなぁ。

信号待ちで自転車を止め、ふと足元の側溝を見たら、仔猫? いやもっと細い小さな動物が中を走り、ぴた、と立ち止まってこっちをじっと見た。
目があった。
見つめあうこと数秒。
きびすを返して向こうへ逃げていった。
イタチか何か。
暗くてよくわからなかったが、都会の夜にたくましく生きている姿は麗しかった。

SDIM2531

カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

現実の焦点を文の末尾に放棄して、文字から見たその光景を眼球の裏に投影する。

ほんの短い時間、ブルーとグリーンが強めの、まだまだ肌寒い夜を想像する。

実際その光景を見たカマウチさんは寒さを忘れたというのに、その話を読んだわたしは寒さを想像してしまうのだった。

添えられた写真は文字から見えた夜の色より少し和らいで見え、「ああ、」と、さっき感じた寒さを修正する。

映像の凄さ、文字の凄さ、写真の凄さ。それぞれを想う。

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