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3F/長期滞在者&more

ズブロッカ

長期滞在者

SNSでズブロッカの話題が出ていたので懐かしく昔を思い出した。

はじめてズブロッカという酒の名を知ったのは伊達一行の小説『沙耶のいる透視図』だった。映画化もされているので伊達一行の中で一番売れた小説だろう。18~19の頃、どエロくダークな伊達一行の小説に耽溺した。しかし今日はどエロもダークもとりあえず置いといてズブロッカの話である。この小説にズブロッカが出てくるのだ。

「ズブロッカが飲める店があるんだ」

飲める店がある、ということは、まだそんなに出回っていなかったということでる。
こんなことを書くと、ものすごく希少で高価な酒みたいだけれど、実際この名を知った数年後には明治屋等の輸入食料品店で1本千円前後で売られていたので、元々安価な酒であり、単に出回り始めだったというだけの話である。
ポーランドのウォッカで、バイソングラスという牧草の茎が1本瓶中に封入されている、ほぼ無色透明の酒である。度数は37.5度。冷凍庫で保管してキリキリに冷えたやつを飲むのが推奨されている。
以前どこかで牧草が入ってない、色味も褐色のズブロッカを飲んだ覚えがあるので調べてみたら、アメリカで売られているものはアメリカの食管法的な法律で牧草を封入することが禁じられ、代わりに着香と着色が施されているらしい。あれはあんまり美味しくなかったな。
無色牧草入りズブロッカの方が美味しい。名前もかっこいいよね。ズブロッカ! ポーランド語に近い発音ではジュブルフカ(wikiの要出典項目)。

そのズブロッカを、まだ「ズブロッカが飲める店があるんだ」の時代に、ズブロッカが飲める店、で飲んだ記憶を思い出したのである。
19歳の時、安東さんという小説家志望の測量士と知り合い、よく飲みに連れて行ってもらったのだ。谷六にあったバーで、当時流行っていた丸く削った大きな氷にキンキンに冷えたズブロッカを注いでくれるのである。ほほう、これがあのズブロッカか。たしかに草っぽい甘い香りのする酒なのだった。

小説家志望の測量士なんていう人と一体どこで出会うのかというと、当時僕は新大阪にあった映画シナリオの講座に通っていたのだった。確か4カ月のコースで、シナリオの書き方の基礎を学び、短い映画の脚本を何本か書いては講評を受け、生徒同士でも見せ合ったりする。
僕は特に映画好きでもないのだけれど、「シナリオ」という独特の形態の「文芸」には興味があって、『月刊シナリオ』のバックナンバーを図書館で漁ったり、テレビドラマだけれど山田太一がラフカディオ・ハーンを扱った『日本の面影』のシナリオ単行本を愛読したり、映像の設計図のような、でもそれ自体で文芸作品として成立しそうな、不思議な世界に憧れていたのだ。
スクール受講に10万円近くかかった覚えがあるが、そのお金はどうしたのだったか。何とか払ったんだろうな。
大学を辞めるの辞めないので親と喧嘩している最中だったから親に借りたりはできなかった。当時某市の女性人権啓発団体でアルバイトしており、珍しい男子バイトで重宝されたから(普段は雑用だが会報やポスターの絵を描いたり啓発劇の脚本を書いたり素人出演者の稽古をつけたりもしていた)そこでの稼ぎを投入したのだろうと思われる。そのへんの記憶は遠く曖昧だ。
今でもそのシナリオスクールはあるようで、規模もかなり大きくなっているみたいだけど、当時はこじんまりした古いビルの一角にあり、タマゴの殻の表面(立体曲面)に印刷できる機械で儲けたという校長が趣味で開いた学校らしかった。卒業生として今では僕でも知ってる映画監督HK氏の名前を挙げていたが、その一人しか挙がらなかったということは、当時はまだそれくらいの実績しか上っていなかった時期だったのだろう。

そこで出会った安東氏は、僕より10歳以上は年上の測量士をしている男性で、来年角川から短編集を出してもらえるんだ、と言ってたので本気で小説を書いている人だったようだ。そんな人でも書き方習いに講座に通うのか、と思ったものだが、僕も大枚10万払ってしまった不安というのがあるので、まぁレベルの高い人でも受けに来る学校なのだからと却って安心材料にした。
安東さんは小説家らしい気の利いたセリフ使いで、短い尺ながらきちんと起承転結つけるタイプの端正なシナリオを書いてきた。測量士、という情報からの色眼鏡かもしれないが、緻密で堅実、という印象。
僕は特にストーリーを編み出す術も長けてないので、今昔物語集などからネタを拾って翻案して書いていた。10分というのは短いようで長く、長いようで短い。なかなか難しい課題だが面白かった。NHK朝ドラの1回分より短いもんね。
平安時代、末端皇族の姫が藤原氏専制の下で落ちぶれて盗賊団の首領となり、内裏に侵入してかつての恋仲だった検非違使に見つかってしまう話。これを10分の映像にするって難しくない? でも書いたよ。我ながら出来が良く講師にも褒められたが、残念ながら残ってない。

結局シナリオの学校は、まぁ面白くはあったのだが、お金も続かないし、上級クラスに進まず初講でやめてしまった。演劇活動もしていてそちらにもお金がかかったし、結局大学を退学してしまったので親と絶縁状態になり、いろいろ心身忙しかったのである。
安東さんともそれきり会っていない。ちなみに今検索しても角川から安東〇雄の短編小説というのは出版された形跡がない。測量士をやめて小説一本でいくと付き合ってる彼女に告げたら激怒されて、みたいな話をしていたから、彼女と測量士の方に折れたのかもしれない。元気かな安東さん。何度もズブロッカ奢ってくださりありがとうございました。

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先に書いた通り、珍しかったズブロッカはいつの間にかどこででも買える酒となり、度数もそこそこ高いので安上がりな常備酒として自宅の冷凍庫にいつも入っているようになった(度数の高い酒は凍らないということを初めて知った、大事な化学知識)。
大学を辞める前後から中津のインド喫茶カンテ・グランデの厨房でバイトを始め、退学してからはカンテで生活費を稼ぎながら劇団活動、という忙しい生活になった。
同じカンテのバイト仲間の松本さんと岩本さんと黒田君がバンドを組んでおり、十三にあったライブハウス、ファンダンゴで定期的に演奏していたのでよく見に行った。そこのワンドリンクにもズブロッカがあったので常にそれを注文する。いつもファンダンゴでズブロッカ飲んでる人、というので酒の強い人、みたいに見えていたかもしれないが、実のところただ貧乏だったのでライブ中それ1杯で済むように、度数の高いズブロッカが重宝だったのである。

カンテのバイトで結局26歳くらいまで食いつなぎ、先月書いた南米チリへのフンボルトペンギン野生地調査などにも出かけ、そののち今の写真の仕事に就いた。松本さんたちウルフルズは東京に出て行って数年だけくすぶった時期を経たのち、いきなり「ガッツだぜ!!」で大ヒットを飛ばし、紅白にも出場する人気者になった。写真屋仕事の残業中、深夜の有線放送から松本さんの声が聴こえてきたときの衝撃よ。うおー!

ちなみに今は僕はお酒は全く飲まない。もう5~6年? もっとかな。1滴も飲んでない。いろいろ体の不調が重なったときに、医者に「お酒どれくらい飲む?」「月1程度ですかね」「何杯くらい?」「日本酒なら1合で十分なくらい」「それだけで済むの?」「お酒の味は好きですが酔うのは好きじゃないのです」「やめろといえばやめられるってこと?」「まぁそうですね」「じゃ、やめちゃいな」「あ、はい」
みたいな感じで、簡単に飲まない人になった。
「ズブロッカ」なんていうタイトルを見て、なんか酒のうんちくでも知れるのかなと思た人ごめんなさい。飲まない人の昔話でした。
でもズブロッカのあの草っぽい香りは好きだったな。1滴くらいなら舐めてみたい。

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ところで、冒頭書いた『沙耶のいる透視図』は、小説も良かったけれど、映画(和泉聖治監督・石井隆脚本 / 1986公開)も一柳慧の音楽が重苦しくも美しく、土屋昌巳の怪演、これが映画デビュー作である高樹沙耶も妖しく切なく、38年前に見た映画だが、強烈な印象で残っている。といっても細部まで覚えているわけでないし、もう一回観てみたいな。
原作伊達一行の小説も、ここからハマって、出てるものはほぼ読んだはず。最近名前を聞かないけれど、もう書かないのだろうか。『夜をめぐる13の短い物語』とか、相当エグいよ(褒めてる)。ぜひ古書で探して読んでみてほしい。

(2008.5 大木一範+カマウチヒデキ二人展『GACHINKO!』より)
カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

ズブロッカにまつわるいくつかのエピソード。

自分はこの度初耳のお酒、ズブロッカ。
わたし(レビュワー)は、お酒は言葉通りに嗜む程度。元々好きな割にあまり飲まないタイプで、お酒好きとは到底ひとに思われない程度の飲み方をする自分は、お酒の種類や銘柄にも全く明るくはない。

甘い草の香りと聞くと、少し想像できるような、でもそれがこの想像とどの程度合致しているのか確かめたくなってしまう。

小説のなかに登場したり、こういったエピソードを添えられるそんなお酒は、そのものも饒舌なのだろうか。

というか、アルコールの有無は別として、飲み物というものは物語を内包していたり、添えられたりすることが多い気がする。

ひととひととが、嗜好品として時間と共に共有するからなのかしら。
食事を共にするよりも、飲み物を手に共に過ごす時間の方が、より最低限の生活の範疇を超えた、たのしみの側面の強い関係性にこそおこるものだから?
それとも、お茶でもお酒でも、一人でつくるというよりは複数の人手の必要な、製造の工程があるから?
それとも?

と、そんなことを考えてしまった今回なのでした。

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