当番ノート 第8期
幸せな結婚は、凍らせた花束に似ている。色鮮やかだが冷たく、花びらにふれれば硝子の糸のように崩れ落ちる。 茶道と華道をたしなむ深窓の令嬢が茶せんを捨て、女手ひとつで料亭を切り盛りするまでにいたる道には、打ち砕かれた千もの硝子の花束が散らばっていた。 曾祖母は、白くほっそりとした手を持つ旧家の長女として生まれた。水仕事や力仕事を知らず、その桜色の指先は、花を手折り、刺繍針をおどらせるためにつ…
当番ノート 第8期
今日の記憶を僕はどれだけ覚えているのだろう。 疲れを引きずったまま目覚めた朝のこと 朝食で美味しいタケノコを食べたこと いいお天気のなか、大好きなサボテンを眺めたこと 日々起きるいろいろなこと。 僕が生きて行くなかで全てのことを記憶することは不可能だし 忘れてしまわなくては前に進めないこともあるのだと思う。 嬉しいこと、楽しい事、悲しい事・・・ 僕にしか分からない、ちょっとした心のひっかかり。 そ…
当番ノート 第8期
なにかしらの表現をする上で避けられないのは取捨選択で、好きなもの、気になるもの全てを吸収し作品に消化することはできません。出来上がった形の外には選択されなかった成分が澱のように漂っていて、それは誰にも気づかれません。 今回の絵はそんな澱もぜんぶ画面の中に入れてしまおう、思いついたことぜんぶ書き出していってみよう、と描いたものです。 まず描いたのは枠線。何を描いてもなんとなくまとまって見えてくれるの…
当番ノート 第8期
マーブルは人生の優しい味がする。 子供のころ、お菓子といえばプレーンやチョコレート味なんかが主だった。 ところがあるとき突然マーブルという種類のものが登場した。(最近はあんまりみないけど) 僕はそのマーブルという食べ物にそれはとてもとても驚いたのである。 こんな食べ方があるのかと。 プレーンとチョコレートの部分がきちんと混ざり合ってなくて、 ある部分はプレーンで、ある部分はチョコレートというなんと…
当番ノート 第8期
およそ10年前、わたしは現実と夢幻による結婚の仲人をつとめました。時に衝突しながらも、彼らは愛し合ってきました。ずっと昔から、彼らはあまりにも深く結びついていて離れられずにいたし、これからも離れられるわけなんてないでしょう。彼らはまさに、二人で一人のようなものです。現実はその圧倒的な確かさと豊かさで夢幻を魅了し続けてきたし、現実は夢幻の大らかさと彼女の天真爛漫な生き方に憧れを抱き続けてきました。二…
当番ノート 第8期
猫と一緒に暮らしている 毛むくじゃらの相棒がきてから3年 バイクの後ろに乗せられてやってきた 日中はほとんど眠って、起きるとカリカリを食べて、また眠る 時々興奮して走り回るけれど、ちょっとたつと飽きて窓の近くで外を見る クルツは ニャー と鳴かない あー と言ったり あうあう と言ったり 時々なにかごにょごにょと喋っている 名前を呼ぶとこちらにきて隣に座る いつも隣にいるかわいい奴です 猫を見てい…
当番ノート 第8期
拉致のラはラピスラズリのラだよと、拉致記念の青い石を磨きながら、祖父はうそぶいた。 祖父は鉄鋼技術をあつかう工学博士で、周囲からはドクターサムライと呼ばれていた。主な仕事は論文の執筆と特許の販売で、外国の企業や政府に技術を売るために世界中を飛び回っていた。 もともと技術者になるつもりはまるでなかった。幼いころから英語とドイツ文学を愛し、キリスト教に心を寄せていた彼は、将来はドイツ文学の研究者…
当番ノート 第8期
ぼくの身長はかわらないのに きみたちはどんどん大きくなっていくね。 ばくの体重はかわらないのに きみたちはどんどん重たくなっていくね。 ぼくは大人のままなのに きみたちはどんどん成長していくね。 大人になってしまったぼくは きみたちの持つゆめを心の片隅にしまってしまったよ。 正義の味方になりたかったり プロ野球選手になりたかったり F1ドライバーになりたかったり オリンピック選手になりたかったり …
長期滞在者
高級魚「のどぐろ」として有名。関西圏ではあまり出回らないのか、それとも高級魚だから縁がなかったのか、大阪では存在を意識した記憶がない。東京に引っ越してから、その名が目につくようになった。3年ほど前、職場の近くの仕出し弁当屋さんのメニューに「焼き魚(のどぐろ)弁当」というのがあって、ハテこの「のどぐろ」というのはよく見るけどいったい何者なのか、と調べて「アカムツ」という深海の魚なのだと知った。(残念…
当番ノート 第8期
ここ最近、黄金比のことが気になって何冊か本を読んでいます。 黄金比は、自然物にも人工物にもそこらここらに見いだされ、また意図的に使用されてきた特別な比率です。 巻貝の螺旋、古代の石盤、人体、和音、紫禁城、水星と地球の距離。 私たちは部分の集合体でありながら集合体の部分でもあるということ。 自然界にあらわれる数学をテーマにした文章を読むとき、しばしば最後に行き着くのは神の概念です。 この世界には、も…
当番ノート 第8期
僕は独りである。 妻もいるし、娘もいる。 二人とも心の底から愛している。 でも、独りなのだ。 勘違いされてしまいそうなのだけど、 それは僕が生きるために、 生きることに向き合おうとしてるがゆえに、 独りなのである。 独り思い、迷い、悶として、 その総体としての僕なのだ。 孤独だと感じる時もある。 だけど、それがなければ僕はただの箱でしかない。 君たちを愛すことさえできないだろう。 でも僕は独りであ…
当番ノート 第8期
パッチは雇われの冒険家だった。依頼内容と報酬次第では、世界中のどんな僻地へも赴く。幾多の冒険を乗り越えた彼の体には大小様々な傷が刻まれ、危険な動植物や巨大菌類などとの対決を経たその体には植物や地衣・苔類や粘菌が同居し、根や葉や茎や花や実、そしてそのどれともつかぬものからなる多くの器官が形成されていた。それらはもはや彼と密接な共生関係を築いており、取り除こうとすれば命に関わるのだ。 そんな奇妙な外見…