当番ノート 第50期
名付けについて考える。 かつていくつかの名前を持っていた。 名前は、コートネームと言って、部活のコミュニティ内だけで通用するものだった。部活が始まった初期の頃からのもので、代々引き継がれてもう何十年と続いている制度らしい。2つ上の先輩が名付け親になる。 名前をもらい、帰宅後「〇〇という名前になったよ」と家族に報告する時は変な心地だった。 体育館の舞台上に新入生が30人集まって、名前の候補のレジュメ…
当番ノート 第50期
メッカへの巡礼から帰国した同僚の机の上に、見慣れない木の枝が置いてあった。 長さは10センチより少し長い程度。太さは5ミリくらいだろうか。木の枝であることは分かったのだが、そこから先が分からない。そこへ同僚がやってきて自慢げに話す。 「ラミ、これは歯ブラシだ。しかも歯磨き粉が必要無い。」 この木の枝でどこをどう磨くというのだろうか。納得していない私の表情を察したのか、カッターナイフ…
当番ノート 第50期
アパートメントで文章を書くことを通じて、一人の死によってさまざまな人や物事と出会い直していたことに気づく。 亡くなったのは一人なのに、自分に見えていた世界のあちこちの形が、否応なく変えられていく。 — 父に花嫁姿も孫の顔も見せられなかった、というに対して、悲壮感にかられるかと思いきや、案外そんなことはない。 男兄弟がいない長女のためか、小さいときから家を継ぐように度々言われてきた。婿を…
当番ノート 第50期
「やぁやぁ」 今日も自転車を走らせながら、珈琲店の前をやっちゃんが駆け抜けていく。 すぐ近くにある魚勝という歴史ある料亭で働く、妖精みたいなおじいちゃん。 通り過ぎるときに必ず手を振ってくれるので、こちらも手を振り返すのがお約束の日課だ。 やっちゃんはこの街の守り神のような存在で、毎日のように自転車で街中をぐるぐる走り回っている。 おそらくは仕事で駆け回っているのだが、自転車のカゴはいつも空だし、…
当番ノート 第50期
感動。挫折。後悔。幸福。大切な体験には、姿と音が記憶に残っていることがあると思う。 16時から18時ごろ、街に響き渡る帰宅へ導くチャイムと「バイバイ」視界のぼやける朝、台所に立つ母の姿。頭痛になりながら、とぼとぼと歩く傘の下。 … 音を聴くと記憶が蘇ってくることもある。近日だと、家にいるときに聴こえるのはどんな音だろうか。 犬の遠吠え。スマホのスワイプ。パトロールカーのサイレン。左から右にゆくスケ…
鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
ひとつの場所に集まることが白い目で見られるようになってしばらく経つ。新型コロナウイルスの流行で、会うことはそのままあぶないことになった。 おたがいが無自覚に他人を感染させる可能性を持ち、誰の唾液も毒とおなじように扱われる。だからみんなマスクをし、レジのカウンターには透明なビニールの壁が張られ、そして、飲食店やライブハウスや美術館は扉を閉めた。 昨年十一月まで週に一回「しょぼい喫茶店」を開けていたわ…
当番ノート 第50期
1週間が7日というのは、子供の時はなんとも長く感じるものだった。まだ月曜、火曜たるいな、水曜日やっと半ば、木曜日まだあるのか、金曜日やった金曜だ、土曜日はやっと週末を感じ、日曜日を迎えていた。 それが、いまではビュンっていう感じ。いや、早過ぎだろう。7回寝ているはずなんだがね。アリの感じる時間と鯨の感じる時間が違うことは聞いたことがあるが、同じ人間でも年齢で大きく変わる。そう考えると、時間というの…
当番ノート 第50期
たまには仕事の話をしてみよう。 療育施設で働いている。うちに通ってきている方は小学校に入学するまでの未就学児と呼ばれるお子さんたち。小さいと1歳から、大きいと6歳の就学直前、と年齢はさまざまである。 働き始めて3年目になる。彼らにとって最適な学びの環境を作り、よりよい成長を促すことが私の仕事。集団生活に沿うことで彼らが幸せになるなら適応のための練習をするし、時間管理や言葉の獲得を促したり、ボタンや…
長期滞在者
毎月1回、FOOL’S MATE channelで(ニコニコ生放送、FRESH)で放送している、動画生放送番組『Butterfly Vision』。vistlipのギタリスト、Yuhさんがメインの番組で、sadsのドラマー、GOさんにもご協力をいただき、私はMCとしてこの番組に出演している。 4月の生放送はどのような形で行うのが良いかということを、番組に関わる全員で検討した。そして、ソ…
当番ノート 第50期
2019年7月にヨルダンの空港に到着したのだが、それから3ヶ月近くは雨に遭うことは全く無かった。折り畳み傘と長靴を日本から持ってきていたが、しばらくの間はスーツケースから出て来ることは無かった。 ヨルダンの観光名所の一つが「ワディ・ラム」と呼ばれる砂漠地帯だが、ヨルダンは国土の7割近くが砂漠である。 ヨルダンより年間降水量が少ない国は10カ国程度しかない。首都のアンマンは砂漠地帯では無いものの、春…
当番ノート 第50期
5月を迎える上野公園は、徐々に緑が鬱蒼としてきて、軽やかな桜の時期よりも、なんだかたくましい。 田舎の自然に比べたら、都会の緑なんてたかが知れているのかもしれないが、それでも夜にすっと耳を澄ませると、上野公園にも、夏に向けて芽吹きはじめた、たくさんの草木の気配を感じる。 — 四十九日が過ぎ、次に帰省すると、蛙がゲコゲコと鳴き、葉は水に揺れ、実家のまわりはまた新しい風景になっていた。あん…
長期滞在者
“lettre” 女性名詞.「レットル」と読む. フランス語で “lettre” は、文字、手紙や書簡、文学および文学的な教養、などを指す. “écrire en lettres d’or”という言い回しがあり、「金の文字で書く」、つまり重要なこととして「記憶にとどめておく」という意味になる. 文字に起こすと、霧散…