当番ノート 第50期
2019年7月にヨルダンの空港に到着したのだが、それから3ヶ月近くは雨に遭うことは全く無かった。折り畳み傘と長靴を日本から持ってきていたが、しばらくの間はスーツケースから出て来ることは無かった。 ヨルダンの観光名所の一つが「ワディ・ラム」と呼ばれる砂漠地帯だが、ヨルダンは国土の7割近くが砂漠である。 ヨルダンより年間降水量が少ない国は10カ国程度しかない。首都のアンマンは砂漠地帯では無いものの、春…
当番ノート 第50期
5月を迎える上野公園は、徐々に緑が鬱蒼としてきて、軽やかな桜の時期よりも、なんだかたくましい。 田舎の自然に比べたら、都会の緑なんてたかが知れているのかもしれないが、それでも夜にすっと耳を澄ませると、上野公園にも、夏に向けて芽吹きはじめた、たくさんの草木の気配を感じる。 — 四十九日が過ぎ、次に帰省すると、蛙がゲコゲコと鳴き、葉は水に揺れ、実家のまわりはまた新しい風景になっていた。あん…
長期滞在者
“lettre” 女性名詞.「レットル」と読む. フランス語で “lettre” は、文字、手紙や書簡、文学および文学的な教養、などを指す. “écrire en lettres d’or”という言い回しがあり、「金の文字で書く」、つまり重要なこととして「記憶にとどめておく」という意味になる. 文字に起こすと、霧散…
当番ノート 第50期
「こんにちは」 逗子の春は、潮風が桜色をして街を舞っている。そんないつかの土曜日も、ずけずけと店内に入ってくる一人の男。 顔見知りの仲間たちと挨拶を交わし、渋い顔をしてどっしりと席に腰掛けくつろぐ。 いつものように、お冷やを男の前に置いた。 その大きな態度に比べると決して大柄という訳では無いが、どこか只者では無い空気感を纏っている。ビール腹のようにも見える膨らんだお腹、日頃から羽振り良く美味しいも…
長期滞在者
様々なことがリセットされる中、自分でルーティンを作り、生活リズムを固定化する必要がある一方、下手したらジャンキーに成り兼ねない状況が続いている。 私が勤めているベンチャー企業でも、コロナとの付き合い方やコロナ収束後に向けた動きについて、ビデオ会議を繋ぎ、国を跨いだメンバー達と意見交換する。マレーシア、シンガポールもトップダウンで強制力を伴った対応が取られている。日本では今後収束まで1年もしくは2年…
当番ノート 第50期
美味しい音。円い音。和み在る音。 それを音楽として編んだり和えたり、可変させながら生きれること。人生の中で何よりも生命の悦びと感じている。 お風呂の中で息をするように、まずはイメージをつくることが音楽制作のベーシックライン。 水のある場にいると湧いてきたり、降ってくることが多く制作しやすくなる。 時間と空間の中に身を任せる勇気のリアクトとして音になって返ってくる。 音だけに限らず、ビジュアルやコン…
当番ノート 第50期
色あせたポジフィルム。その先で手をあげるあなた。あなたが「何者」か私は知らない。いつ、どこで、誰に手をあげていたのかさえ私は知らない。もちろん、国籍も人種も年齢も。何も知らないあなたは、しかし手を上げて、足をしっかり締め、良い角度でわたしに手を振ってくれている。 嬉しいなあ。 おそらく、このフイルムの色あせ具合と、たぶんピンボケしているであろうがそれでもわかる年齢具合から、2020年の今、あなたは…
当番ノート 第50期
暮らしている中で、言えなくてもどかしい、が何度もある。今日は演劇のことから話しはじめてみようと思う。 あれは演劇をはじめて最初の年のこと。3年前、人生ではじめて台本というものを手にした。縦に書かれたセリフとト書きの数々に当時の私は、非常に感銘を受けた。 「言う」と「読む」の違い。私は、台本の中に書かれたセリフを「言う」ことの意味が、長らくわからなかった。もちろん、識字力と発音する能力がある限り、読…
当番ノート 第50期
3週目の投稿ということで、簡単に自分自身とヨルダンの紹介をしたいと思います。 青年海外協力隊として2019年7月からヨルダンに派遣されています。海外で年を越すことは初めての経験でしたが、ヨルダンは日本に比べると年末年始のムードが薄く、特筆するイベントは無いまま2020年を迎えました。 ショッピングモールに行くと少しだけクリスマス気分を味わえます。 青年海外協力隊とは国際協力機構(JICA)の事業の…
長期滞在者
仕事の帰路、自転車で武庫川沿いの自転車道を走っていて、暗中、河川敷をジョギングする人を追い抜いた。風の強い夜だった。びょおびょおと風の音の巻く中、追い抜いたはずのランナーの足音がざん、ざん、ざんと横から離れない。僕は20km/hくらいの速度で走行しているから、すごいなぁ、この向かい風でマラソンの国際レースくらいのペースで走ってるんだなぁ、と感心したが、いつまで経っても音が消えないので、さすがにちょ…
当番ノート 第50期
高校の時、物理の授業で、「この世に一度生まれたものは絶対になくならない。形を変えて、残り続ける」と習った。 はたして、それは本当なのだろうか。 だとしたら、今年もまた変わらず咲いた八重桜を、父も楽しめているといい。 — 四十九日の朝、空は珍しく快晴で、緑色になった桜の木がさわさわと揺れていた。 納骨が終わり、ぐったり疲れて帰宅する。 骨さえいなくなってしまった居間は、なんだかとても広い。広くて、寂…
当番ノート 第50期
「あ、この歌なつかしい」 不意に流れた『葛飾ラプソディー』を聴いて、なんちゃんとひとみちゃんがその続きを口ずさんでいる。 普段はお客さんに勧めていただいた『ハンバートハンバート』が流れるゆるやかな店内。平日に何かの拍子で久しぶりに聴いていたこの歌が、土曜日に何かの間違いで紛れ込んでいた。 「いい歌だよね」 店内にいた他の同世代もうなずいている。子どもの頃の夕食時に、テレビで流れていた国民的アニメの…