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4月

スケッチブック

4月1日(水)

友達からメッセージ。「こんな状況になって、あなたの感性にも変化がありそう。最近何を感じてる?」個人的には、ここのところずっと止まりたかった。「世界が不安で繋がっている」と彼女は言った。「fearよりもcareで繋がりたいね」と、返事を書いた。書くのは簡単。でも誰かをちゃんとcareするのは難しい。

今日は雨。庭の花の写真を撮った。もう8年もこの日は命日。思い出させて辛くなるだけならと、ずっと個人的な儀式にとどめていたけれど、今日は初めて相手にも送ってみた。年度の始まりの華やかメッセージが溢れる日、私はじっと内に篭ってきた。すごく個人的な世界と、すごく大きな世界の流れとが同じ方向を向いている。その間の「大変なことになっている社会」に、感情を接続できてない。

4月2日(木) 

快晴。朝から健康診断に行っていた順が帰ってきた。バリウムを飲んで辛そうだ。私の方は、昨日体の調子を見にきてくれたDさんが「気圧があがれば自然と体も良くなりますよ」と言われていたけれど、本当に少し調子がいい。家で一緒に昼ごはん。こんな昼も久しぶり。夜、友達が家に来た。話を聞きながら友人よりも彼のパートナーに感情移入してしまう。冷静になるべく一旦寝かしつけに中座。お産が命がけ、授乳は血を分けている、それなのに薄っぺらいロジックで追い詰めるな……そんな悔しさが蘇ってくるなんて、私もまだ消化できていないんだろうか。凪いでいた水面がざらざらする。しおが寝てリビングに降りていくと、友人は帰った後だった。

4月3日(金)

今年は桜が長い。不謹慎といわれそうだけど。ブルーシートがない公園は凛としている。植物が主役。

4月4日(土)

原稿提出。問題なく通れば残すは本の原稿のみ。早くその状態にたどり着きたい。早めに保育園に迎えに行ったのに、しおはまだ遊びたかったらしい。冷たい一瞥を贈られた。帰りに花屋さんに寄った。しおが選んだ赤いミニバラをふたりで庭に植える。夜はえりちゃんお帰りなさいの会。また一緒に暮らせるなんて本当に嬉しい。管理人のI君が来てくれて、SNSの話をした。

4月5日(日)

朝、リビングで家のみんなと話していたら「もう今晩、焼肉にしない?」と順が言い出した。コロナのことを考えて鬱々としてきたらしい。ちょうど、それぞれに仕事が中止になったり延期になったりで、この先不安という話をしていたところだった。そこで節約!よりも焼肉!この人のこういうところに案外助けられていると思う。クッションを集めて、風呂のアヒルたちを入れた「おうち」を作ってみた。しおはアヒルたちにご飯をあげる。「おまたせー。きりぼしだいこんですよー」。最近、彼女はりっぴが作る切り干しが気に入っている。スーパーに行くとファミリーパックの焼肉セットが山積みになっていて驚く安さ。3人家族だったら買えないようなその詰め合わせをありがたく購入。りっぴが友達とzoom飲み。しおは画面に向かってずっと乾杯。自分が保育園で作った作品たちを見せて、1個1個、画面の向こうの子に褒めてもらっている。次世代の子だねと、みんなで笑った。

4月6日(月)

非常事態におけるハイ状態というやつを、上手くコントロールできていない気がする。気がつくとコロナの情報を追っている。家のみんなと当面必要なものリストを頻繁にやりとりしている。買い物に出る回数と買う量とが、微妙に増えている。冬ごもり前のりすはこんな感じだろうか。明日はもう外に出れないかもしれないと思うと、今日の外出自粛ができない。

4月7日(火)

真夜中に急に爪が鋭くなったと思って、見たらペリッと剥がれていた。アトピー対策で試したジェルネイルは、爪の攻撃力が見事に7割減。外出自粛の前に替えてもらおうと予約を取ったら、同じことを考えている人は沢山いて、お店のお姉さんが苛立っていた。「なんで記者会見を夕方にやるんですかね。いままで1ヶ月何やっていたんですか!」この店が休業になっても他の店の応援に回されるかもしれない。本音は休みたい、感染リスク避けたい…というのがひしひしと伝わってきて、なんだか申し訳ない。施術が雑で痛かった。人間だもの。

帰りに寄った無印でついに、部屋の微妙な棚に収まる収納ケースを発見した。たくさん買って2往復もして運んだ。保育園に行かせてもらいながら買物をしている罪悪感。原稿に取り組めていない罪悪感。でもまずは部屋の仕事環境を整えないと…変に必死で、そわそわしている。お迎えの時に今後のことを聞いてみたら、まだ決まっていないとのこと。「早く決まって安心したいですよねえ」と保育士さんに言われて、「仕事が」とひとことめに出た自分に、激しい嫌悪感。

4月8日(水)

朝、保育園へ。帰ってきて洗い物をしていたら「今までだって、ちょこちょこ稼いでない時期があったからけっこう大丈夫かも」とえりちゃんが言った。そうだ。1年旅に出たり、産後体調壊して働けなかった時も、結局はなんとかなってきた。昨晩、「保育園が休みになってしまう…!」と夕飯の席で荒れていたら、しおは「保育園、壊れちゃうの?」と言った。不安を感じさせるような言動だったと反省。「そしたら、となりの新しい保育園にいく」と言ってたから、本人は、あまり気にしていないかもしれないけれど。

4月9日(木)

明後日からの保育園休園が決定。お迎えに行ったら、先生にすみません。と謝られしまった。「むしろ1日猶予を貰えてありがとうございます。「明日はすみませんがお願いします」と頭をさげる。本当にそんな気持ち。

4月10日(金)

お迎え。明日から保育園のサポートはない。「荷物入れも全部空っぽにしてください」と言われて鞄に詰め込む。「元気でね」と先生が言った。「また元気でみんなで会えますように」なんて挨拶が、あちこちで交わされていて、妙な気持ちになる。帰り道の空はマジックアワーの青。宣言が出てからのほうが、私は落ち着いている。こんなことにでもならなければ、私は止まれなかった。しおとじっくり時間を過ごせないままだった。その気持ちが一番大きい。あと数ヶ月で3歳だ。よっしゃと、小さく気合いを入れたら、しおが笑った。

4月11日(土)

朝、しおは順と公園へ。その間に原稿の直しを送り返す。お昼寝をしてくれたら実家に諸々の荷物を取りに行くと連絡していたのに、あえなく頓挫。父が車でミシンを届けてくれた。買い物から帰って来たりっぴが、手ピカジェルが売っていたと教えてくれて急いで薬局へ。マスクで行列なんて、と、心のどこかで思っていたのに、走っている自分は違和感と同居している。晩御飯の時間、譲次くんとzoomを繋いだ。あちらは娘ちゃんのYちゃんもパートナーのMちゃんも一緒。3人が3人でいる時間が、画面の向こうから尊い光みたいに流れてくる。

4月12日(日)

しおが順と公園で遊んでいる間、とにかく15分走ってみたらなんでもできる気がしてきた。「ぶどう買ってくるよ」と言い残し、急いで実家へ。久しぶりの電車はガラガラ。でも妙に緊張してしまう。この軽率な行動で、父を感染させたてしまったら?父は肺に疾患がある。電鋸、電動ドリル、たくさんの釘とネジ、ヤスリ、クッキー型、裁縫セット。母の遺品から外出自粛の間に使えそうなものを引っ張り出し、父に頼まれていたお雛様の片付けをする。買って置いた手ピカジェルを2個渡す。明日弟がイギリスから帰ってくる。必ずひとり一個ずつね。と念を押す。最寄りの駅まで車で送ってもらうつもりが、結局家まで来てもらってしまった。窓は全開、対角線をとって後部座席に座った。昨日から2往復もさせてしまう。「君にとってしおちゃんが大事なのと一緒」。沁みた。ありがとうございます。

午後、部屋でぐったりしていたら、りっぴとえりちゃんがしおとクッキーを作ってくれていた。さっそく持ち帰った型も使ってくれてる。星、飛び跳ねるうさぎ。ジンジャーマン。泣きたくなるくらい幸せな光景。こみ上げそう。

4月13日(月)
はなのお
雨。いよいよ3人で椅子を並べる。「保育園、休園よね?本当なら助け合いたいけれど、こっちも手一杯で」近所のなっちゃんからメッセージ。順の旅友達で、近い歳の娘さんがいて、なにかと気にかけてくれる。母が入院したときも、しおと順にお弁当を届けてくれた。私はそんな風に、誰かを気にかけてあげられているだろうか。気持ちはあるのに、手と言葉が動かない
「助けてー。しょうがないねー。僕が助けてあげるよ」。しおはりっぴの部屋から借りた2匹のぬいぐるみとごっこ遊びをしている。少し長めの絵本を読み聞かせていたら、目の奥がツンとしてくる。純度の高いもの、美しいものによる不意打ち。

夜、友人たちとline筋トレ部が始まった。ワイワイ話しながらできるのが楽しい。しおも参加。ケアで繋がってもらっている。

4月14日(火)

順が仕事をしている間、押し入れからギターを出してきてしおと遊んだ。何年ぶりだろう。思いっきり弾き語るのは気持ちがいい。18時半にはみんな揃って夕飯が始まった。キノコのバター煮。餃子。ひじきと豆。ネギの米粉焼き。ナスの煮物。アスパラガスの胡麻和え。昆布巻きのお味噌汁。キムチ。21時就寝。

4月15日(水)

順がzoom会議だったので、サッカーボールを持ってしおと外へ。家の前の広場が「モモ」のラストシーンみたいになっていた。まだ16時だというのに公園には家族連ればかり。キャッチボール遊びをしたり、大縄とびをしていたり。中学生や高校生くらいの子が親と散歩していたり。距離をとりつつ、マスクをつけつつ。その光景を、工事監督のお姉さんまでが、にこにこと様子見守っている。なんという幸福、(そしてなんという矛盾)

会議を終えた順まで外に出てきて、3人でサッカーをした。
「(昔、順が住んでいた)ベルリンの公園が、こんな光景がだったよね」と私。
「ね。子供が小さいから今は働かないって決めてる男性がたくさんいたわ」と順。しおはコロコロ笑いながら、ボールを追いかけている。

時間を取り戻した大人たちは、ほんとうの幸せが何かを思い出しました。そして日が暮れるまで、子どもたちと遊んだのです。


4月16日(木)

昔のルームメイトがオンラインコンサートに出演。それを流しながら仕事のつもりが、それどころじゃない。画面が彼女の家の居間に繋がっている。彼女がギターと、それからバイオリンを弾いている。私は、耳を傾けながら窓の外の新緑を眺めている。私たちの日常をつなぐこの画面! 触れられないけれど、十分にどこでもドアだ。大学の寮の小さな部屋で一緒に生きていたときの、会話のかけらとか、もらった手紙とかまでもが、ブルーグラスの音楽に乗って再生される。くたくたに煮込まれた美味しいスープみたいに、体に染み込んでくる。

午後は順と交代してまた公園へ。しおは最近、ねこみたい木の間の細い道を歩く遊びに夢中だ。ひじきを煮て、もずくをだし汁に。大人が4人も家にいて料理をしていると、おかずが豪華。さけとじゃがいもの煮物。鶏肉と大根のすっぱ煮。こんにゃくと油揚げ、昆布と人参とさつま揚げの炒め煮。まぐろの佃煮。豆腐の酒粕味噌漬け。筋トレをして9時就寝。

4月17日(金)

ねこさんからメールがきた。お下がりを送ってくれるという。いつもありがたい。しおは、ちーちゃんがくれたトトロのクッキーをついに開封。ちーちゃんがいなくなって、えりちゃんが引っ越してきた直後は、食事の時にえりちゃんにだけお箸をあげなかったりしていた。どうなることやら、と思ったのは数日で、いまや「えりちゃんだいすき」とすっかり懐いている。だからクッキーを食べる気にもなれたのかもしれない。昼、リビングに降りていくとりっぴがしおの分もやきそばを作ってくれていた。順と私はパッタイを作って食べた。茹でた後にお湯に潜らせるのを忘れて固まってしまったけど、味は美味しい。いままで外で食べてたものを家で作れるっていいね、と順が言った。これはこれで楽しい。

どくだみの草抜きの話をしていたら、えりちゃんが食べられるかな?というので、葉っぱを積んで一緒に天ぷらにしてみた。評判は見事にまっぷたつ。えりとあきこは、いけるくち、順とりっぴは全くダメ。他には、きのこのスープ、ニラレバ炒め、卵と高野豆腐、昆布とさつま揚げと人参の炒め煮、こんにゃくと油揚げ。大根と鶏肉の酢煮。最後の豚とパイナップルは順の「おふくろの味」だと初めて知った。

4月18日(土)

朝起きて、ココナッツカレーを仕込む。最近みんなにご飯を頼ってばかりだったので、一品用意できているとほっとする。雨あがりの夕方、しおが散歩に行きたいと言った。ストライダーに乗って、広場をぐるぐると回り始める。洗われた空、秘密の小道、西日の赤みがかった頬っぺ。小さな背中に誘われる世界。

ホイコーロ、かぼちゃの煮物、鶏肉のチーズ焼き、ほうれん草の胡麻和え、こんにゃくと人参の炒め物、昆布とさつま揚げの炒り煮。また、家の誰かが感染した場合の話をする。大皿のスタイルをどうしようか話し合って、とりあえず全ての料理に取り箸を置くことにした。

4月19日(日)

裏庭のじゃがいもが育ってきた。草抜きを始めたところから、ひたすらどくだみを抜く午後。雨上がりの土は柔らかくて、根っこがするすると抜ける。いったい何年放置されていたのだろう。手繰り寄せても、手繰り寄せても、まだ奥深く、存在がある。哲学みたい。気をぬくとぷつんと切れてしまうから、集中力が大事。そして力加減が難しい。しおが「にわしごとするー」とすごい張り切りを見せて、家の片側が綺麗になった。腰が痛い。夜は元住人のカップルとzoome繋いで、ピザパーティーの予定だったけれど、疲れたしおが寝てしまう。りっぴとえりちゃんが焼いて、片付けまでしてくれた。

4月20日(月)

アリエルからビデオ電話が来る。同じ町に住んでいた時は、スラムの子と留学生なんてろくな組み合わせじゃないと、伝言も繋いでもらえないような日々だったのに、今はボタンひとつ。すごい時代だ。彼は奥さんと子どもたちをつれて、田舎に避難しているらしい。「アキコ、俺にはコロナがうん臭い。だっておかしいだろう。俺はたくさんの人を知っている。だれもかかっていない。お前の知り合いにはいるか? 」ニュースや、医者の友達の話や、読んだブログの話をしても「で、実際に見たの?」の一点張り。見たことだけを信じるのは彼らしい。

しおはえりちゃんと洗濯物をたたみ、三つ編みをしてもらっている。私は原稿につまづいている。部屋で頭を抱えていたらノックの音がしてしおが「さつまいもの蒸しパン焼いたよ」と教えてくれた。午前のおやつの時間。彼女に合わせて1日5回食べている。買い物に行っていた順がコーヒーとクッキーのプレゼントを抱えて帰って来た。ばったり会った近所のまおさんが、リラックスしてねーと持たせてくれたらしい。嬉しい。こんなケアができるようになりたい。卵とオクラともずくのスープを作った。かぼちゃの煮物。キャベツのナムル。ぶり大根。トマトとひよこ豆のカレー。

4月21日(火)

病院勤務の看護師さんのブログを読む。怒りのこもったブログを。私の世界なんて泡の中。夕方、順としおが公園に行った隙に、請求関連の作業をやっつける。とにかく何かを終わらせたという達成感が欲しくて、ふたりが返ってきたのに、ポストへ。結局忘れ物をしてしまったので、トボトボと家に帰ってきたら、りっぴが郵便物を出しにいくところで助かった。にらたまどうふ。ゆず卵。ゴーヤとツナの炒め煮。エビともやしの炒め物。切り干し大根。たことワカメの酢の物。にんじんと鶏肉とネギの炒め煮。ミニトマト。マグロの佃煮。今日、私はなにも作っていない。

4月22日(水)

透き通るような新緑。しおは公園の隅に枯葉を集めて誕生日ケーキを作っている。赤い楓はいちごの代わり。保育園のSくんとHくんのケーキだというから一緒に誕生日の歌を歌った。不思議な時間を生きていると思う。前にこれに似た感覚があった。エジプト革命を取材していた時だ。あの時は、街が燃えてるのに、日本の友人がFBにラーメンの写真ばかりアップしていることに、変な憤りを覚えていた。今は逆の立場。医療の最前線で戦っている人たちの存在を知りながら、葉っぱのケーキを撮っている。

水にさらしていたどくだみを、いよいよきんぴらにしてみた。あんまり美味しくない。きゃらぶき。ぶり大根。チャーシュー。人参と鶏肉の煮物。きりぼし大根。

4月23日(木)

IzonaとFB通話が繋がる。ニューヨークでお医者さんになったから心配していたけれど、別の州に引っ越していたことをすっかり忘れていた。コロナの患者さんを看ている。保育園は自粛してベビーシッターを雇っている。親戚が感染した。NYの同僚を亡くした。医療物資が全然足りない…けれど今日は休みらしく電話の向こうで彼女のこどもたちが、倒した椅子を電車に見立てて引きづりまわしている。「おもちゃ買ってあげてるのになんで!」と嘆く彼女は普通のお母さんだ。少し前にi miss youとメッセージを送ったら「私もすごくノスタルジックになっている。ひとつ、このウィルスについて言えることがあるとすれば、自分の中の優先順位がクリスタルみたいにクリアになるってこと」と返事がきていた。うまくいえず「自分を一番大事にしてね」と言ったら「あたりまえでしょ」と向こうで笑った。「いつか、日本行くんだから」

しおとだし巻き卵をつくる。人参と庭のルッコラと生ハムのサラダ。ブロッコリーのチーズ焼き。鶏肉とパクチー。ピクルス、きゃらぶき、きんぴら、まぐろの佃煮。

4月24日(金)

お昼に家のみんなで、順の行きつけのバルの料理を頼んだ。近いから、と店の人が家まで持ってきてくれた。考えてみたら私たちは店の場所を知っているけど、店の人たちはいままで私たちの家を知らなかったんだ。店と客ではなく、町の人と人になれる。壊れたままの門、直したいなあ。

Pとスカイプ。定期的に連絡を取っていたつもりが最後に電話をしたのはもう2年前。画面を介しての会話は結局、相手とのそれまでの時間を自分の膝に乗せて話しているようなところがある。画面越しに繋がった眼差しが、すっと壁を貫通して、小さな渦が巻く。あったかい。どこまで話したっけ? あの話はした? お互いの仕事、パートナーの話、しおのこと、母のこと、彼のお母さんのこと。創作についての話が楽しかった。貪るように聞いて話して、自分がいま書けないでいる理由も見えてきた。一度まるっと知られてしまったことがあるというのは、なんて尊くて、未来があることなんだろう。順は夕飯の一品もテイクアウト済み。私はローズマリーポテトと、ナスの煮物を作る。もやしとほうれん草の炒り卵、鮭、人参と豆苗の炒め煮。スパークリングぶどうジュース。花金だねとりっぴが言った。

4月25日(土)

まだ会話の余韻が残っている。海を泳ぐ魚のよう。いま書き留めないと、会えなくなってしまう。ーーipadの方が気軽に描き直せるしシェアもしやすい。けれど何度も失敗してすっと集中できたときの、手書きの線の力に叶わないよ。たしかに、パソコンで何度も書き直した文章は、うっかりすると弾力性を失っているかも。ーー会話の尻尾を捕まえながら、羽ペンを久しぶりにインクにつける。

午後、誰ともなく庭に出てきて、もくもくと庭仕事をした。しおが人参スープを作りたいと言い出す。野菜を切る手元が心もとなくて、見守りながら寿命が縮む思い。ブロッコリーのチーズ焼き。キャロットラペ。ネギとチャーシューの炒め物。庭の葉っぱの色々サラダ。スパニッシュオムレツ。スペアリブのトマト煮込み。ちょっとバルみたい。昨日のテイクアウトに触発されたねと、笑いあった。

4月26日(日)

朝のリビングで、補償のことを話していた。公平性のこと、これからの仕事のこと。この家のメンバーをとったって、当てはまる条件が微妙に違って、受け取れる額が変わってくる。「遊具が閉鎖された」というので、朝の散歩は3人で行くことにした。公園のしおのお気に入りのスポットを巡る。どう説明したものか……。結局、どの場所でも、張り紙を読み上げることにした。「コロナ感染予防のためしばらくの間使用を禁止します」しおは、うんとだけ言った。りっぴが昨日のスペアリブの残りのソースでパスタを作ってくれた。庭のレモンバームを摘んでソーダも作る。弟から電話がきた。私はいま、家に父がひとりじゃないということで、随分と軽い気持ちで暮らせている。

昨日作りかけた人参スープ。鯖とトマトのオリーブオイル焼き、きゃらぶき、ブロッコリーと卵のあんかけ。マグロの唐揚げ、セロリとマロニーとカニカマのサラダ、昆布と人参、さつま揚げの炒め煮、残り物のマグロの佃煮。

4月27日(月)

「ウイルスのあとにくるもの」という赤十字の広告が秀逸。「恐怖が苦手なものは、笑顔と日常」というフレーズに、うんと背中を押された気がする。半径5メートルの幸せな暮らしを守るだけしかキャパのない自分をどこかで責めていたけれど、そうだ、私は暮らしていくしかない。暮らしを書くこと、小さな日常のかけらをこうして送り出すこと。

朝、Sからメールが来て、一編の詩が添付されていた。ネットの調子が悪くてひらけない。午後の保育時間は、しおとりんごケーキを作った。母のレシピ。今日はずっと台所にいる。納豆とキムチとニラの卵焼き。キャベツとホタテと新玉ねぎのスープ。

4月28日(火)

川遊びに行きたいとしおが言う。木登り、石垣登り、石渡り。せせらぎと逆向きに歩いていって、葉っぱを水に浮かべた。身長80cmの目線からは、この環境は山だったり森だったりするんだろう。非常事態宣言中の生活にも新鮮味が失われてきたけれど、新緑には飽きることがない。小さな人だけが知っている遊びが、尽きることなくある。

4月29日(水)

今日の体制を相談しようとしたら 順から「俺、今日フリーよ」と返ってきた。祝日だった。ありがたく昼過ぎから誘われていた俳句の会に参加。自分の部屋で窓の外を眺めながら、初めましてのひとたちと俳句を作る。こんなの、コロナじゃなくても続いて欲しい。作った歌は、情景が素直に浮かんで綺麗、と褒めてもらえたけれど、結構ありきたりだった。他の人たちの、その人にしかない景色が、手直しされてはっきり浮かび上がっていくのが面白い。小籠包。揚げ春巻き。ワカメとはるさめのスープ。父に電話をすると、昨日スカイプ飲みをしたんだと教えてくれた。

4月30日(木)

公園から、かくれんぼの声が聴こえてくる。Sのことを考えている。詩のテーマは記憶との不健全な関係についてだった。メッセージには「8年前の詩だけど、いまも状態は変わっていない」と、書かれていた。「いつだって、もう一回チャンスはある。もう一回、息ができる」と。

目がさめたら部屋の中が暗かった。
母の遺影も、地球儀も、ドライの薔薇も、置物の像も、全部が暗転した世界。
窓の外の大木が揺らいでいる。
自分よりも大きなものが、漂うのを眺めている。
懐かしい浮遊感。かつてもここにいたことがある。

電気はつけず、とにかくノートを開いて、書き始めた。
ただよっている言葉を、全部捕まえようとした。
そうだった。前にもこんなことがあった。

私の言葉が最高に走るのは、彼に手紙を書こうとする時だった。
正確に意味を取れないのに、彼が消えてしまいそうな気配だけは読み取れてしまう詩に、返事を書こうとする時だった。

「君の作風は、メモワールや詩だと思うよ」
数日前の会話が、私を水面の下に運んでくれたらしい。
いつしか、そういうものを封印していた。
太陽の下でしか、生きてこなかった。

そんな複雑なこと、あいまいなことを、紐解く余裕はない。
思い出だって、思い出せない。
それに間違えたら一生後悔する、と思って。

不意打ち、ではなく、きっとなるべくしてここにいる。
リズムが変わり、話す相手が変わり、沈黙が増えて、
ようやく、ひさしぶりに、近づいている。

隣のしおが目を覚ましてしまった。時計は2時。
「ねえ、おはなし、して」という。
「なんのお話?」
「おかあしゃんのおともだちのおはなし」

「おかあさんには、ひとり、特別な友達がいます。
その人はギターがとっても上手なの。
それに思い出をとても大事にしている人なの。

おかあさんにとっても思い出は大事なものだったのに、
最近はよく思い出せない。
忘れてしまったのかな。
そのことを今、考えていたの。

その人の住んでいるのは、遠い国でね
地球のちょうど反対側にあるの。
しおや私の住んでいるこの家のちょうど反対。
私たちの昼の時間は、その人にとっての夜なんだ。
だから夜をたっぷり含んだお手紙が送られてくる。

その人はあんまり上手な生き方をしていないみたい。
向こうの世界との境界線の上を、綱渡りしている。
でも、私はその人が大好きなの。ずっと大事な人なの。

そのおともだちとはね、深い海の中に潜って、
お魚さんや、沈没船、海底の渓谷を、一緒に泳げたんだ。

でも、私は、海への潜り方を忘れてしまった。
どうしたらいいんだろう。
私はその人の歌が好きだった。特別な力があった。
自分の中で、水が震えていることを思い出させてくれた。
どこまでも深く潜るための、酸素ボンベみたいだった。

だから、また歌ってほしい。そう思っていた。
また、歌を聴かせてほしい。

本当はわかっている。
波の上のおしゃべりなんか気にせずに、本当に大事な言葉だけ、本当に大事な歌だけを聴いていれば、またその場所に行けるってこと。
なにもせずとも深い海の景色が目の前に現れてくれるってこと。
こんな夜に。

「かあちゃん、おかあしゃん、こっち向いて。なにしてるの?」

3時にまたしおりが起きた時、私はまだ夢中になっていた。
根っこを掘るみたいに、気づきを、手繰り寄せていた。
とぎれないように、そっと、でも、力を入れて。

「思い出に、形を見つけたいなと思ったの。物語にしたいなと思ったの。
今までは宝箱の中にしまいこんでいた。言葉で縁取りをしてしまったら、物語に使ってしまったら、それはもう元の形のままではいられない、私のものでさえなくなるから。

でも、もう人生の折り返しにきているとしたら、それを誰かのために使いたい。輝きを残しておきたいとか、私の経験してきた幸せを知ってとか、そういう気持ちとは違う。作品にして、手放してあげたい。そんな優しい気持ち。大事な宝物を縫い付けて、旅立たせてあげたい。

たとえば雪の中に立てた赤ワインのボトル
2羽のアヒルが泳いでいた桟橋の突き出た池
神様が通った砂漠の道

私が今まで与えられてきた宝物の景色は
地下水脈に通じる、井戸の入り口だと思うから。
そして、きっと誰の暮らしにも、人生にも、その入り口はあるから。
その先に何があるんだろう、ってことを、これからは探していきたいと思っていたの…」

しおはいつのまにか、また眠っている。

(次に連絡が来る時は、彼が死んじゃったときなのかな。
そのとき私は知らせてもらえるのかな…)

残った奥底の弱音を、宙に吐く。しおには聞かれないように。

窓から朝日が差し込んでいた。
そのまま眠ってしまっていた。

「そろそろ、朝ごはん食べない?」

暮らしの声がする。

手紙は完成しないままになっている。
careすること、やっぱりこれっぽちもわかっていない。

寺井 暁子

寺井 暁子

作家。出会った人たちの物語を文章にしています

Reviewed by
中田 幸乃

やさしくておだやかな暮らしの光の中で、ふいに、深い海に潜りたいと思う。
孤独で、心許なくて、傷ついてばかりいたときに潜っていた海に。

寺井さんが受け取った「夜をたっぷり含んだお手紙」のようなものを、
きっとわたしも受け取ったことが、ある。
凪いだ水面に投げ込まれた小石のような言葉。
波紋のように心を揺らす人のこと、忘れていなかった?
自分には遠いからと、遠ざけていなかった?

寺井さんの日々から漏れ出た言葉が、わたしを海の方へ連れてゆく。

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