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10月

スケッチブック

10月7日

今日は休みと決めて
夫とランチを食べに行った。
選んだお店はとても賑わっていて
たくさんの話し声が木霊していて
周りの音が気になって 
何を話したのかあまり覚えていない。

でもなぜかもう少しだけと思って 
デザートを頼んで 話題を転がしていたら 
あっというまに30代が終わりそうなことと
その割には自分のやっていることが小さいなと思っていること
周りに本気で社会と接続して 邁進して
形になってきている人たちがけっこういるのに
自分の小物感に 少し諦めの気持ちもでてきこと
そんな話題が ふっと自分の中から出てきた。

窓の外の眩しい秋晴れを
しばらく眺めたあとで
彼は言った。

「自分は100万人を変える人には
なれそうもないけれど
自分みたいな人が100万人いたら
世界は幸せかな?って考えた時に
yesと言えると思う」

何年かぶりにプールに入る。
塩素がダメすぎて、普段は入れないのだけど、
水の中に浮かんでみたくなった。

生まれる前 羊水ってどんな感じだったのだろう
ぐっと水に潜って 膝をまるめて 
背中が水面に上がってくるまでの間
少しでもその感覚に浸ろうとしてみる

みんなここにいたことがある
だれもそのことを覚えていない

あるいは覚えているのかもしれない
しおは時々 言う

「もう少しお母さんの
お腹のなかにいたかった」

前に出産のときのことを
話してしまったからなのか
それを理由に私のロングスカートのなかに
入りたいからなのか
あるいは本当に覚えているのかは
わからないけれど

ポツンポツンと雨が降りはじめる
ミルククラウンが あちこちで現れては消える
生まれて消えて 生まれて消えて
無数の刹那に囲まれた

誕生日だった。


10月14日

夢を見た。
昔とても好きだった人が出てきた。
その人は会社の同僚で
なんだかんだと縁があって
休みを合わせて出かけたりもした

今日一緒に来られない?
と彼は、はにかんだ。
そして夢の中だというのに
私は仕事が終わらないなーと
言って行かなかった。

何の用だったのかと聞くと
夢の中で私たちは新入社員の設定で
副社長の前でプレゼンがあったから
なんとなく隣にいて欲しかったという

私は行かなかったことをとても悔やんで
あらためて話を聞かせてと言った。
なんで隣にって思ってくれたの?と聴きたくて、
口を開いたところで目が覚めた。

現実の思い出では その人は 
私といると癒されると言ってくれた
私はお茶をしたり、たまにどこかに出かけたりする度に
この関係はなんだろうと思いながら 
結局最後まで 相手にそれを聞くことはなかった。

同士みたいだねと、自分からは言い
そんな男前の発言をしたんだね、と
ずいぶん後になって
そのことを話した夫に笑われた。 

恋愛なのか 友愛なのか 同士愛なのか 
その関係に名前をつけることはできなくて 
そんなテーマの小説を勧めてくれるくらい
そこには好意があったのに 
いま音信不通になってしまっている

今思えば、なんで名前をつけようなんて思ったんだろう。
好意は好意。それでよかった。

純粋な好意が生まれた時 なんの後ろめたさもなしに 
あ ここにあるのは 好意 純粋な親愛だって 
見えない感情を ただ味わっているだけでよかった

しおが 誰かを好きだという
前に一緒に暮らしていたお兄ちゃんが好き
えりちゃんが好き りっぴが好き 保育園の誰々くんが好き
まだ色のない 純粋な親愛の気持ちが眩しい 

そんなことを食卓の席で考えていたら
なんて顔してんの?と 夫に笑われた

10月16日

前に一緒に暮らしていたアーティストの
オンラインでの研究発表を聞いた。

彼女は問いを集めながら、生きている。

そして彼女がその中でも選んだいくつかの問いと
その実験の過程をシェアしてくれた。

答えを「これ」と伝えるのではなく
言葉でかちっと囲うのではなく
問い、実験の内容、
そこで起きたことを淡々とシェアする。

答えは聞いている私たちの育つもの。
問いはそこに種として撒かれていく。



10月18日

「小さな国で」というブルンジの小説を読んだ。
 
自分にもあんなにも色鮮やかに
記憶の風景を取り出すことができるだろうかと
読了してしばらくの間 放心していた。

記憶のスパンが短くなっている気がする。

産前産後のことをよく覚えていなくて
あれは忘却ホルモンの仕業なのかとも思ったけれど

もしかすると毎日、ネットから大量の誰かの人生の破片を
自分の中に溜めているのが、積もっていて
自分の記憶が掘り起こせなくなっているのかもしれない。

入ってくる情報の断捨離?
自分もログもSNSに取り始める?

そのどちらかしかないのだろうか。
どちらもやるしかないのだろうか。


10月19日

しおが架空の会社を作ったらしい。

一緒に世界地図のパズルで遊んでいて
ロシアだの、モロッコだののピースをはめていると
「しお、ここお仕事で行ったことあるよ! 
ここにはしおの会社の人が住んでいるんだよ」
などと教えてくれるようになった。
どうやらグローバル企業らしい。

会社には赤ちゃんもいて 
すごーく大きな公園があって 
保育園も2つ作っているよと
夕食の席でみんなに話している

保育園に迎えにいった帰り道、
「今日は会社に行かなきゃいけないから夕飯は会社で食べる」
「コロナが終わったら毎日行く」
彼女自身 色々とはたらき方のバリエーションもある

この前は働きすぎで死んじゃった人がいて
お医者さんに電話しなきゃいけなかったらしい(怖)

うちはテレビを置いていないし
過労死するほど働いている人もいないのだけれど

どうしてなのかよくわからないけれど
どこかで情報がインプットされて
彼女がどこかで見たか聞いた情報が
箱の中から出てくる
「しおのかいしゃ」がね という前置きともに

一緒にお風呂に入ったら
半分開けた風呂の蓋をパソコンに見立てて
テレビ電話をかけていた。

会社のガルグルさんに
「靴を作ってほしい」と頼むらしい

「いつまでに必要ですかー?2週間くらいかかりますから、
 おじいちゃんの家から帰ってくるまででいいですか?」
ガルグルさんになりきる私に、彼女は言う。

「おじいちゃんのお家からもかけますねー」
そんな会話を交わして、
昨日から彼女は2週間、島根に出かけている。 

いまごろお義父さんは
風呂から仕事の電話をかける孫を見て
いったいどんな反応をしているだろうか。


10月28日

Scar 傷という名前の部屋に泊まった。

深いんですよね。とホテルの人が言う。
机の上のナマズの理由とか
僕もまだ、分からなくて、と。

物語の中に入ったつもりで想像する。

この船は転覆して逆さまになったんじゃないだろうか。
それで、海の下に沈んでいるのかもしれない。
だから机の下に、太陽と月があってナマズが机の上にいる。

(泊まっているとき、ちょうど地震があって結構揺れたから
そう思っただけかもしれないけれど)

壁に丸い窓が三つある。

真っ暗にしてベットに入ってしまうと
視線が低くなって
ビルが見えなくなる
外は都市の明かりに照り返された朧げな空が
丸く浮かぶ。
夜に潜る潜水艦だ。 

明け方がとても綺麗だった。
円窓の中に入ってくる光の変化を見たくて
何度も、何度も、起きてしまった。

寺井 暁子

寺井 暁子

作家。出会った人たちの物語を文章にしています

Reviewed by
中田 幸乃

「純粋な好意が生まれた時 なんの後ろめたさもなしに 
あ ここにあるのは 好意 純粋な親愛だって 
見えない感情を ただ味わっているだけでよかった」

揺れる心の間でしか、触れられないものがある。
具体的な解決策になったり、何か大きな原動力になったりはしないかもしれないけれど、とても大切なもの。

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