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第1期(2012年2月-3月)

先日、市内のビルの最上階から洛北の山並みを見ていたら、不意にあるイメージを思い出してしまった。

以前、といってもずいぶん幼いころの記憶。
実家の二階の窓から見える山の向こうには雲の工場があって、どこからか連れてこられた沢山の子供たちがそこで雲作りをさせられている。いつも山向こうから雲が起こるのはきっとそこに工場があるからに違いない。
誰に言われたわけでもなく、なぜかずっとそう考えていた。
山陰の暗さと「どこからか連れてこられた子供たちが働かされている」という暗い光景がある日、少年の中でスッと重なり、「雲の工場」を見せていた。

今となっては、それは錯覚だったということは分かっている。雲は水蒸気の固まりだということも知っているし、工場などどこにもないことは、その後、自分で車を乗るようになって山向こうの街を走ってみてこの目が見ている。
けれどもイメージは残像のように自分の中に残ってしまい、いまだに山並みを見ると不意にあのイメージが見えてしまう。

個人にとっては事実より鮮明なイメージというものがある。
幾つになってもそういうイメージと共に生きているんだなと思う。

僕も大人になったが、あの子供たちもいまではもう大人になっているだろう。
ちゃんとウチへ帰れたんだろうか?
山並みを眺めているとふと心配になる日がある。