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第1期(2012年2月-3月)

ここ何日か目覚めがはやい。
朝というよりはまだ夜の、陽が昇り出すにはいくぶん早い時間に目が覚めてしまう。とりあえず着替えて、朝食を買いにコンビニへ行くのがここのところの日課となっている。

空が白みはじめる前のひと時は、地球のいちばん静かな時間だ。
すっかり宵っ張りになってしまい忘れてしまっていたが、僕は一日の中でもこのひと時が大好きだった。部活をしていた学生の頃は、よくこの時間を選んでランニングをしていた。
京都の町中でも通りによっては10分以上も車ひとつ通らない。コンビニに向かう道すがらにあるのは空から聞こえる大気のうねりと自分の足音だけだ。
こんな静寂な時間は、自分の名前さえも余計なアクセサリーのように感じる。
自分と区別するべき人もいないのだから中川雅史でいる必要もなさそうだ。
コンビニに向かう僕に必要なのは財布だけだろう。

とはいうものの、考えてみれば、僕らは24時間、自分でいなければいけない。自分自身から解放される時間というのがない。そう考えると「自分が好きになれない」というのは最高の刑罰だ。いつまでもどこまでも、自分自身であるよりほかにないのだから。名前や容姿や性別は変えることができても、存在としての自分はどこまでも残る。
結局は「自分を認める」という道以外に自分の一生をよりよく生きていく道はないのかなと思う。変えられないものは愛するよりほかにないのだよ、ということか。

神様はもう少し人間を単純に作れなかったのかね。
普段は何をお願いしても聞こえないふりをしている神様にも、この静寂な時間になら声が届くだろうか。困ったときだけ声をかけるな、と逆に聞こえてきそうだが。

コンビニから出る頃には、東の空も白みはじめる。
二月のこの時間はとにかく寒い。歩きがいつも小走りになってしまう。

もう少しすれば街が動き出す。