A HOUSE

第18期(2014年12月-2015年1月)

「A HOUSE」

こんにちは。気付けばもう今年もあと二週間たらず。
町は相変わらず、この行事の次はあれ、と忙しそうですね。
みんなで暮らしていく上では決め事を作ることが不可欠で、
それらひとつのことでも10人いれば10こ違った見方があるのは自然なこと。
そのことを尊重した上で「私はこう思う」を大事にできたらいいなあと思うけれど、
どうしても相反する意見は敵対してしまうし、
組織と個人は違うとわかっていても その人のプロフィール、
国籍や性別や容姿も含めて、印象は作られてしまうものなのですね。

相手の考えていること、こちらの考えていることをなるべく差異のないように受け取り合うためにはどうするか。
やっぱり顔と顔を向かい合わせて話す、以上の方法はないなあとつくづく思います。

どんどん生活は豊かになって、私たちは世界中ほぼどこにでも行けるし、場所が離れていようと本当に様々な手段で対話をすることが可能になりました。電話や手紙だけでなく特にwebの革命は私たちに、ある意味ではどこにでも「自分の家」を持って移動していくような感覚を与えたのかなあと感じます。
時代が便利になって人々間のコミュニケーションが希薄になっていく、とは私は決して思いません。
例えばメールでもパソコンにケータイと使う上での感覚は異なるもので、それぞれに良いところがある。どんなツールでもその人らしさは現れるし、伝えたい気持ちがある以上、私たちはそれを伝えることを止めたりはしないんだろう。
ただ、直接会って話をするパワーに勝るものはやっぱりないよなあ、と。
正確にはどんなに便利になって話し方の選択肢が増えても、それは顔を合わせて話をすることの大事さに気付けるきっかけになるんだろうなあと思います。

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さて今日は、そんなことを考えながらつくったあるおうちのことについて、お便りかかせてもらえたらと思います。
ちょうどもう3年も前のことになりますが、ロンドンに移ったころ、場所が違うと変化する生活と、その中でも変わらず繋がれるインターネットのすさまじさに衝撃を受けていました。その善し悪しをうんうん考えた末に、この「顔と顔を向かい合わせて話す」ことを体現するためだけの家を作ってみました。

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なるべく個性のない、だれの「おうち」にもなれる小さな家です。外には車輪が4つついていて、(行こうと思えば)世界中どこにでも移動していきます。二人の大人が体を丸めて入ってなんとか座れるほどの狭い狭いおうちで、中にはコーヒーやマフィン、ペンと紙、トランプにウクレレなんかが置いてあります。
この小さな小さな家を近くの公園に置き、中でちょっと時間を過ごしてもらったら、どんなふうになるだろう。通行人のみなさん 入ってくれないかなあとどきどきしながら様子を見てみました。

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(写真:島崎 雄司)

ぎゅうぎゅうに身動きできない室内で「狭いところでごめんなさいね」となりながらも、
なんだか悪くない、楽しい時間が流れたらいいなあと思っていました。
友達にまず入ってもらうと小さな女の子が近づいてきて、そうしたら弟さんも来て
それが犬を連れた奥様、カップルさんと、
「なんだなんだ」と人が人を呼び 結局おうちが空っぽの状態はなく。
気付くとあたりは暗くなっていました。
入ってくれた人たちは、「It’s pretty comfy here!」
なかなか居心地がいいよ!と、結構な長居をしてくれたり、また来週も来るわと去っていったり。
うれしい気持ちで家を押して家に帰宅、
その日の夜は、このおうちが南国のどこか海辺にいっている夢を見ました。

ツヅク!