欲というかさぶた

第32期(2017年4月-5月)

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去年の夏に、スリランカへ二週間、そしてモルディブへ一週間滞在するという、文字にするとまるで夢みたいな旅行を夫とした。

そもそも、どうしてスリランカ、モルディブへ行くことにしたかというと、何を隠そう、それは私の父のせい、父版「鶴の一言」のせいである。私の父はいろいろとマニアックな研究をしているのだけど、まず、その研究テーマ不動の地位に、中国、チベットがあるとして、その流れからここ数年は仏教、そして自然とインド、スリランカへと流れてきている。数年前にかの地へ行った父は、バカンス先を決めかねている私に対し、ある日言ったのである。それはパリの、妹の家でのことだった。

座っていたソファに近い床に、(なぜか持っていた)インド洋の地図を拡げると、父は言った。「二週間スリランカをぐるっ!と回って、それで飽きたら、この隣の島へ行ったらいいわね」(山陰地方独特の、真ん中の音が上がるアクセントで読んで頂きたい…)

それで飽きたらって、ていうか、隣の島って簡単に言ってますけど、お父様、それって一般に超有名リゾートといわれる、モルディブのことじゃないですか!!と、いろいろとつっこみどころはあったのだけど、父の話を聞くと、私は『スリランカ、モルディブ案、いいな…!』と感化され、帰宅すると、早速興奮気味に、仕事から帰ってきた夫に話す。

調べてみると、最近はリゾートホテルだけでなく、モルディブも多様な観光の仕方が増えてきているようで、「今年は絶対にバックパック旅行をする!」と宣言した、アウトドア大好きな夫の意志のもと(ううう)、こうして夏の行き先が決定したのだった。

父が言っていた通り、スリランカはいいところだった。ポロンナルワの遺跡で、あのままずっと座って見ていたかった程美しい、岩に掘られているのに大変暖かみのある、横たわった仏像の美しさや、ニラヴェリののんびりとしたビーチは忘れられない。危な過ぎるけどなんとか登ったシギリヤロックや、酷い車酔いにあった山頂の町ヌワラエリアで見たワールズエンド(そしてヌワラエリアの町の湿気!)、そういった大自然の光景の合間に思い出すのは、遠目から見た、もしくはすれ違っただけでも、そっと笑顔を返してくれたスリランカの人々である。

お隣インドには依然行ったことがないので、比べようもないけど、スリランカは人々の優しさが一番の魅力だと思う。そしてスリランカの旅は、私を強くしてくれた。初めてまともにかついだ、バックパックのせいだったかもしれないけれど。

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二週間もあちこち精力的に回ったご褒美として、ついにモルディブへ行く時が来た。夢に見たモルディブが、意外と簡単に行ける日が来るとは思っていなかったので、(お父様の)鶴の一声に改めて感謝。

モルディブでの初日、泊まっていたホステルの男たちは、しばらくボートを走らせた後、大海原の真ん中で止めると、私達はどことも言えぬ、海のど真ん中に入るよう言われた。その時私はライフベストをもらっていなかったので、完全なる自分だけの体(てい)でインド洋に浸かっていた。マスクを装着し、恐る恐る水中へと顔を付けると、遠く、足のつかない、底の見えない真っ暗な海の中が目に入る。私はその時、ほんとうの恐怖というものを感じる洗礼に遭った。

あの時の海の黒さと、恐怖は忘れられない。あんなに濃い青があるなんて。海にはいろいろな表情がある。そのポイントを越えれば、魔法のようにカラフルな珊瑚礁のスポットがあるというコースだったらしいが、ライフベストなく、泳ぎにも自信のない私は、パニックになるのを抑えながらボートの中へと戻った。ボートで待っていた他の男たちは、私の恐怖を理解してくれたみたいだった。

とっくにその怖いポイントを越えて、遠くまで泳いで行ってしまった夫とガイドの男性は、「こっち来いよー!」と言わんばかりに手を振ってくれたが、あのまま自制しないと、私は黒い、深い海の底へなんだか目に見えない力に引っ張られて、落ちて行ってしまいそうだったので、その上を泳いで渡るなんてこと、到底出来なかった。

晴れてライフベストをもらった後は、連日楽しく潜る。私はスリランカのピジョンアイランドという場所で、生まれて初めてシュノーケリングを体験したのだけど、コツが掴めてからというもの、それはそれは楽しくてたまらなくなり、モルディブでもよく潜った。それは、ジンベイザメを探すためだったり、マンタレイに出逢うためだったり。海の中では魚の会議を見た。魚たちは集まって、頭を向けて互いに小さな輪になり、まるで話し合っているかのよう。その様子を一番に見つけた私は、先を泳ぐ夫に「見て!あそこ、 « Ils font la réunion de poissons »(魚が会議してる)」と合図した。

ある時は、大勢の中国人観光客が乗る豪華船の合間を、私と夫とガイドの男性三人でヨットで通り、近くにはちょうど、イルカの群れがいる、という頃だった。薄く、甘い、とろけるような空の色と、モルディブの夕日。カラーパレット。ヨットで何度も往復してもらって、向きを変えてもらい、夕日が沈むまで見る。慣れてくると、波に揺られるのは気持ちがよくなってくる。見上げると、白く細い月が出ていた。水平線へ隠れてしまう太陽が放つ、じりじりとした金の環。それは幾千にも連なって、ところどころ途切れる。

私はこの旅で、いろいろなものが怖くなったり、勇気を持って飛び込めなかったりと、自分の加齢を知った。今までだってはちゃめちゃな少女だったわけではないけど、自分がいっちょまえに年を取っていると知らされたのだった。飾らないモルディブの夕日を見ると、私はあの日言われた、痛烈な言葉たちを、不思議と赦せるような気持ちになっていた。もう二度と会わない、そして会えない人たち。毎日デスクを並べて働いて、顔を合わせていたのに、もう二度と会うことはない。同僚との距離はいつも不思議だ。私はろくに挨拶も出来ず、突然会社を去らなければならなくなったので、それは自分のせいではないのに、自分のせいだと思い込み、悪いことをしたのは私ではないのに、後ろめたい気持ち、罪悪感を背負っていた。
けれど、こんな夕日の前では、それはどうでもいい。こうなったのは私のせいではないのだ。忘れたい。傷を癒したい。許すことは出来ないけど、赦されたい。

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アトリエで一緒だった、彫刻家Eの話を思い出す。彼女は竹を割ったようなという表現がぴったりな、快活な人だったのだけど、パリではなかなか有名な陶芸家らしい。昔ちょっとだけ書道は習ったそうだけど、ある日、とあるお手本を30分程じっと眺めて、すっと立って床に敷いてある紙へと向かうと、お手本通り再現して、見事な書を書き上げたそうだ。

「20年教えてるけど、あんな生徒初めて」と、顎をがくがくさせて話してくれた先生を見て、私は思った。それは、彫刻家ゆえのアプローチではないかと。まだ何もない、ごつごつとした、何に似ているわけでもない岩や木、原石から、この中には何か見えると信じ、削っていく。近付いていく。それは、じっと見つめる作業だろう。彼女は、彫刻家ゆえ、書にも同じように接近したのではないか。

彼女はほんとうにあっけらかんとした人で、一度先生にこう言ったらしい。「私は彫刻しか出来ないから」と。彫刻が出来る人の方が凄いと思いますが… がくがく(私まで顎が揺れそう)。私は思ったのだ。そんな風に、始めから私にはこれしか出来ないと、ある種自分をよく知り、あきらめ、その道へ没頭する、決意した道のりが送れたら、どんなによかっただろうと。私はアーティストへ憧れる反面、真面目にいわゆる会社員として働いた方がいいのではないか、あんな会社に入れたらいいだろうなと焦がれ、お金も稼ぎたい、このままでは不安だと反発、衝突する自分がいて、自分の中の「欲」と戦っている…。

自分が迷い、恐れ、回り道ばかりしてきたせいで、私はあんな風に、あの日、少し暴力的な目に遭ったのだと思っているけれど、その横で夫は「いい加減にしろ、もう忘れなさい」と言ってくれる。(けれど、私の心に、会社に思い入れがあった分、しっかりと傷になって残っているのは確かなのだ。)

けれどこの夕日と、海の上では、自分の中の欲がぽろりと取れ、私は私らしく行こう、お金はなんとかなる。私らしく行けばいいと、すっと思えた。

モルディブの海の上では、何か不思議な力があるのかもしれない。波に揺られながら、私は実にいろいろなことを考えていた。そしてこの旅を終えると、私は書で作りたいもの、再現したいもの、作品のアイディアがどんどんと出てきた。前はこんなことはなかった。辿り着きたい芸術点へ、自分のテクニックが追いついたのだろうか。

旅はいつも刺激をくれ、考える時間をくれ、自分と見つめ合う機会をくれる。昔に比べて空港に行くのが億劫だったり、荷物を準備するのが面倒になってくる。それでも、こうした気付き、心が開かされるような感覚があるから、遠くへ行く。

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